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在宅人工呼吸療法





近藤 清彦先生・公立八鹿病院神経内科部長

Profile

わたしは神経内科医をもう26,7年遣っています。ALSの研究から始まって、この20年間はALS患者の療養サポート、ケアに関してのことを一生懸命考えてやってきました。17年前から在宅人工呼吸療法を手掛けてきて、大勢の患者さんと接してきた中で、今までやってきたこと、考えてきたこと、わかったことがたくさんありました。ですから今日は、皆さんがALSの説明の本を読んでもあまり書かれてないようなこともお話したいと思います。
公立八鹿病院神経内科部長  近藤清彦先生



The 呼吸管理

呼吸管理の相談を始める時期

それでは実際に人工呼吸器の装着についていつごろから相談を始めるかということですが、実ははっきりした基準が決まっていなくて、今年神経学会が作りましたガイドラインも、ちょっと歯がゆいぐらいのことしか書いてないのです。だから神経学会の基準というよりは、私が考えている。

  • 八鹿病院での呼吸管理
    八鹿病院で行っている呼吸管理の基準についてお話します。肺活量が80%をきると呼吸筋麻痺が起こってくるので人工呼吸器装着について将来どうするかという相談を始めます。60%をきると自覚的に呼吸困難感が出てきます。その時点で非侵襲的陽圧呼吸(NIPPV=気管切開しない人工呼吸、バイパップ等)という方法を間欠的に、昼間少しとか、夜間だけ導入します。
  • 人工呼吸器装着の是非
    同時に、人工呼吸器装着の是非についての意思を固めていただきます。肺活量が60〜40%の段階で意思確認を行います。肺活量が40%をきりますと、呼吸困難というより、全身のだるさとか、手足の重だるさとか食欲の低下であるとか、そういったことが出てきます。40下になったら無理をしないで気管切開をしたほうが良い時期と考えています。
  • 呼吸不全
    軽い風邪を引いただけでも1日で呼吸不全が進行して、夜中に救急車で運ばれたりする、そういうことが起こるのは肺活量が40%をきった段階です。あとで患者さんからお話を聞くと40%以下になってから処置をするまでの間は非常に体がだるくて辛かったとよく言われますので、この時点が気管切開の大体の目安かと思います。
  • 気管切開の判断の目安
    気管切開の時期の判断ですが、肺活量が目安になるだけではなくて、次のような症状も参考にします。痰や唾液の喀出が十分に出来なくなります。頭痛、不眠、四肢が鉛のように重いという自覚症状があります。客観的な数値では呼吸数が増えます。1回の呼吸が浅くなりますから回数で補うわけですね。頻脈になります一番の特徴は苦悶様顔貌といいまして、表情に苦しみが出てきます。血液ガス分析。動脈血の炭酸ガス濃度[PCO2]が増えます。


呼吸器不全

The 急性とゆっくりの2通りの呼吸器不全のタイプがある

ここで注意が必要なのは、炭酸ガス濃度に頼りすぎると、診断を誤ることがあります。

  • 急性の呼吸不全
    呼吸不全が1か月〜2か月の間に急性に進行している場合には、検査血では炭酸ガス濃度はあがってきません。検査値の炭酸ガス濃度が正常だとしても安心は出来ないのです。急性に進行している場合は、呼吸困難感とか、苦悶様の表情とか、肩で呼吸をしているとか、そういった臨床的な状態の観察が重要になります。
  • ゆっくりの呼吸不全
    逆に肺活量は50%から40%ぐらいに低下しているのに、1年ぐらいかかってゆっくりゆっくり進行しているほうの場合は、呼吸不全が起こっていても自覚症状は現れません。呼吸困難感がないのですね。だから気がつかないうちに、夜寝ているときなどに、呼吸が止まってしまうということが起こりえます。そういう場合は、逆に動脈血のガス分析の炭酸ガス濃度が目安になります。

こういう二通りの呼吸不全のタイプがあります。


個人差

The 個人差が大変大きい

八鹿病院では40名近い方が、気管切開をされて人工呼吸器を装着しています。発病してから気管切開をするまでの期間ですが、3ヶ月以内、6ヶ月弱、1年、2年、3年以内、4年以内、10年以内、一人の方は13年でした。大体1年から5年の方が多くて、中にはもっと早い方もありますし、平均するとやはり3年弱ぐらいにはなるわけです。従来の3年で呼吸不全といわれているのは間違ってはいないのですが、個人差が大変大きいことを知っておいて頂きたい。

私は肺活量を定期的に測るということが大変大事だと思っているのですけれども、肺活量はグラフで言うと、発病してしばらくは落ちませんが、落ち始める底から破線を引いたように落ちていきますので、80%を切り始めたら1ヶ月に1回ずつ肺活量を測っていただくと非常に大事な目安になります。



The 声の回復

気管切開

声を失うから気管切開をためらうと、近畿ブロック会報に以前投稿されていたことがありました。私の考えでは、気管切開だけでは声を失わないとほぼ言えると思います。ただカニューレの種類によってはっせいのなんいどがかわることがあります。
カニューレを使用しながら発生する方法では、カフのエアを減らして、漏れる空気を利用するだけで話せる方がかなり居られる。それから、スピーキングバルブを使って、呼気を口のほうに流すという方法。それからカニューレのサイドチュ―ブに、水槽に空気を送るポンプを使って空気を流して発声する方法もあります。
ただ喉の筋もいずれは麻痺してきますので、そうなった段階では発声は無理になります。喉の麻痺から発症した場合は声は出にくいのですが、気管切開する直前まで声が出ていた方では、声が出せる可能性は非常に高いと思います。

The カニューレの種類

カニューレの種類ですが、ポーテックス、マリンクロット、アーガイル[シャーウッド]とか、その他にもいくつか種類があります。ポーテックスのタイプはカフが非常にがっちりしていますので、分泌物が下に落ちないというメリットはありますが。発声という面では一番でにくい。カニューレ交換するときに摩擦でitamiがあって入れにくい事も在ります。

  • ア-ガイル/カニュ-レ
    アーガイルはカニューレ交換はしやすいのですが、残念ながらカフエアが自動的に少しずつ漏れるように作っていますので、カフエアを夜間に追加する必要がある。
  • マリンクロット/カニュ-レ
    中間的なのが、マリンクロットです。ソフトカフで、24時間空気はほとんど漏れませんし、喋りたい時にカフの空気を減らすと声は出やすくなります。カニューレ交換も普通です。

こう言ったカニューレの工夫をすることで声が出やすくなります。
もうひとつの目安は、食事が出来る人[嚥下可能]であれば、喉の筋肉はかなり保たれていますので、発声できる可能性はあると思います。

The 人工呼吸器装着後の経過

気管切開をして人工呼吸器をつけてから病気がどの様になるかということは余り書いてないと思うのです。3年で呼吸不全に為ると書いてあっても、それから後はどうなるか書いてないし、すべての機能がいきなり低下するように今まで思われていたと思うのです。

  • 顔の表情
     それで、一人の患者さんにご協力いただいて、気管切開後でどれだけ表情が変わったと言う事を始めて記録させて頂きました。気管切開後でかなり変わります。なかなか申し訳なくて写真などの記録をしてこなかったのですが。昨年、気管切開された方ですが、気管切開3ヶ月前から少し呼吸困難感が出てきて、この時点では気管切開を決定していましたが、ギリギリまで頑張りたいと言うことで経過を見ていました。
  • 気管切開前
     気管切開の2週間前にはかなり苦しい眼鏡で、眉間に縦じわが出てきてかなり本人は努力呼吸をしている状態と思います。この時点で血液ガス分析をしても、正常値の範囲です。実際はかなり苦しくて、ほとんど1日中深呼吸をしている状態ですから、夜間もぐっすり眠れない。その疲労でさらに呼吸が弱くなって、もっと苦しくなるという悪環境にはまります。
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  • 気管切開直後
     ギリギリまでまって、入院していただいた当日の午後、気管切開をしました。呼吸器を着けて4週間後になると、下の元気な顔になってきました。この違いは歴然としています。酸素が足りないということだけで如何に体が弱くって来るかということの証明になると思います。呼吸を助ければこんなにしゃきっとした顔になります。
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  • 気管切開後
     2週間前には食事もほとんど食べられなくなっていたのに、呼吸器をつけたら、ミキサー食を10分でペロッと食べてしまうというぐらいにまでになりました。 よく嚥下障害と呼吸障害は同時に進行するように言われるのですが、私の考えでは呼吸が苦しくなったら飲み込む余裕はなくなる。物を飲み込むときには息を止めなければなりませんから、呼吸に一生懸命になると飲み込みが悪くなる。そういう場合には呼吸を助ければ嚥下が良くなるということがあります。

呼吸器装着して歩行できる患者さん

The 呼吸器装着して歩行できる患者さん

この方は喉の麻痺から始まった方です。喉の麻痺から始まった方は声が出にくいわけですが、逆に手の力とか足の力は保たれています。気管切開をしても、人工呼吸器を夜間だけ装着して、昼間は外して廊下を歩く練習が出来ます。

人工呼吸器をつけると重症だと思いすぎて、離床させてはいけない、歩かせてはいけないという思い込みが病院側にもありますが、早期に立位訓練をすれば、むしろ酸素が十分に夜間に取り込めて、昼間は力が出せるということにもなるわけです。

The かなりの期間歩けました

実際にどのくらいの期間歩けたかを、八鹿病院で人工呼吸器を装着した34人について調べました。足の麻痺から始まった方は歩けないのですが、手の麻痺から始まった方や、喉とか呼吸筋の麻痺で始まった方では、かなりの期間歩ける人がいました。5か月、10か月、15か月ですね。この歩行というのは、介助でトイレまで歩行できるというレベルを示しています。こういったことはこれまであまりわかってなかったのですね。



弱くなる能力を見るだけでなく

機能維持

30数名のうち、気管切開をした時点で、歩けた人は65%、食事が飲み込めた人は約60%、会話ができた人も55%、手が上がる、はしが持てる人50%ということです。八鹿病院で気管切開をしたり、人工呼吸器をつけた時点で、大体こういう能力が五、六割は残っておられるわけです。その能力がどうなるかを見ると、6か月、1年、2年、3年と、だんだんと出来る率は減っていきます。これを見ると呼吸器装着後も症状は進むと言える訳ですがその弱くなる面だけを見るのではなく、呼吸器を装着してからも、たとえば歩行は、6か月間に30%の人は歩けたとか、1年たっても2割の人が歩けたとか、そういう一面も見ていくことが大切です。どこから発症したかによりますが、歩けないけれどもしっゃべれる人とか、しゃべれないけれども歩ける人とか。どこかの能力が少なくとも1年から2年ぐらいは残っている。そういうことが大事なことかと思います。



  

意思疎通

The 気管切開後の意思疎通

気管切開後に、いろいろ工夫しておしゃべりができた期間です。喉の麻痺から始まった方はしゃべれないのですが、手の麻痺、足の麻痺、呼吸筋の麻痺から始まった方は10か月、20か月と意思疎通ができる会話が可能でした。

  • 嚥下
    食事の嚥下[飲み込み]に関しても、カニューレが入っていても嚥下できる方は結構います。経管栄養はせず、経口摂取を保てた期間ですが、1年くらい食べられる方もありますし、数ヶ月間は多少飲めました。その後もおやつを味わう程度ならもう少し可能な期間があります。
  • 呼吸麻痺
    70代以上のALS患者さんに多いタイプ看護師さんとか先生にも知ってもらいたいと思っていますが、呼吸から麻痺が起こってくるALSというタイプは、最近多くなっているように思います。
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  • 萎縮
    呼吸は肋間筋と横隔膜とかが作用しているのですけども、肋間筋の萎縮と並行して、背骨の横の傍脊柱筋という筋肉も萎縮しています。結局、胸髄の同じ神経支配のところが早く弱るということで、呼吸筋麻痺がかなり先行するということがどうもあるようです。
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  • 私の仮説
    ここからは私の仮説ですが、70歳以降で始まる方は、呼吸筋だけ早く弱くなる方が八鹿病院でも昨年来3人ぐらい来られています。共通しているのは体重が1年間で8sやせたとか、10sやせたとか、体がだるくてしょうがないとかいうことです。消化器内科ないし内科を受診されて、血液検査をしてもレントゲン検査をとっても異常がないということで、しばらくしてから神経内科に紹介されて来られています。なかなか診断がつきにくいのです。
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  • ALSの高齢化
    愛知医大の先生も高齢者の場合こういうタイプが多いのではないかと今年の神経学会で報告されていました。昔は、ALSは40代、50代が多いといわれたのですが、最近は60代が最も多くて、70代もかなり多くなってきました。こういう呼吸筋麻痺で発症の人の場合、逆に呼吸さえ補助すれば、手、足、喉の筋肉は比較的保たれる可能性があります。この時点で診断がつかないと、夜寝ている間に亡くなられるということも起こり得るわけです。


合併症・無気肺について

The 合併症・無気肺について

  • 合併症
     次に合併症ですが、肺炎や無気肺があります。無気肺というのは肺が狭くなってくるわけです。無気肺の予防には、呼吸器の1回の換気量を1.5倍ぐらいにするのがいいのではないかというのが、大分協和病院呼吸器内科の山本真先生の提案です
  • 無気肺
     皆さんの人工呼吸器はどうでしょうか。従来の呼吸器は「深呼吸」の装置がついていないのがほとんどです。最近のものは、「深呼吸モード」が付いているものもあって、100回に1回は、2倍の換気量が入って、肺の奥まで広げる作用があります。それがない場合は換気量を少し多めにしておくほうが、無気肺を予防できるのではないかと思われています。


肺炎の予防

The カフマシンを使って肺炎の予防

カフマシン、別名カフアシストという機器があります。アメリカから入ってきました。日本では1995年に医療機器として認可を受けたばかりです。1998年に福岡県の浅木病院の三好正堂先生が近畿ブロック総会で公演された(会報29号掲載)、そのときにも紹介されました。

三好先生の言われることだから間違いないと思って、病院で1台買ってもらって使い始めてみました。80万円程度から上等なものは定価120万円です。手動式だと50〜60万円です。気管切開していない方はマスクで合わせます。バイパップとよく似ています。マスク式の人工呼吸器で、空気がぐっーと入ってきますが、2秒すると今度は逆に陰圧になります。バキュームになるのですね。陽圧にしていきなり陰圧にすることで、肺の奥の方の痰が口元まで出てきます。吸引が要らないぐらいです。ティッシュで拭けばいいぐらい出てくるのには感激します。
このカフマシンを上手に使うことが、無気肺とか肺炎を予防、治療していくうえで必須になると思います。この機器は病棟に1台は要ると思います。在宅療養では1人に1台必要と私は思うわけですけども、今レンタルすると月3万円以上ですし、保険適応になっていません。患者会でアピールしていただいて、医療保険の対象に入れていただきたいですね。病院でこれを使っても、保険点数にはならないので、まだまだ普及していません。一度使ってみてうまくいかないのでやめたという医療機関も多いのですが、上手に使うととても重宝します。



Text 監修

近藤清彦先生のこのレポートは、ALS患者の生活環境を一転させるようなレポートで、昔ながらの伝説を信じてる医師が多い中、ALS患者に一筋の光が射してきた。このレポートは迷っているALS患者にとっては一番の参考資料に最適だと信じます。

Text 参考

この資料は、ALS患者の気持ちを解ってくれる唯一の先生です。今なを、患者の立場で全国を公演のため、掛け捲っておられます。ALS患者の生活向上に、多大なる貢献なさってお見えになる