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在宅人工呼吸療法





近藤 清彦先生・公立八鹿病院神経内科部長

Profile

わたしは神経内科医をもう26,7年遣っています。ALSの研究から始まって、この20年間はALS患者の療養サポート、ケアに関してのことを一生懸命考えてやってきました。17年前から在宅人工呼吸療法を手掛けてきて、大勢の患者さんと接してきた中で、今までやってきたこと、考えてきたこと、わかったことがたくさんありました。ですから今日は、皆さんがALSの説明の本を読んでもあまり書かれてないようなこともお話したいと思います。
公立八鹿病院神経内科部長  近藤清彦先生



音楽療法、心のケア

The 音楽療法、心のケア

「生き方上手」という本を書かれた聖路加病院の理事長であり名誉院長の日野原重明先生は、数年前「見直される音楽療法」という新聞記事で、音楽療法の医療に取り入れたい、音楽療法士を国家資格にして、保険点数化したいと言われました。現在日本の音楽療法学会の会長もされて、今年も3月に西宮で学会が行われました。日野原先生は、今まで医療は科学(サイエンス)的なアプローチのほかに、アートとしてのアプローチが必要だ、患者さんへ感性あるタッチ、豊かな心もって接して癒しのケアを行う。
生命の長さではなくて質を高めていくことが必要だ。
それには音楽も非常に役立つと提唱されている要るわけです。平成2年に私は八鹿病院に参りました。一番最初にした仕事が合唱団を作ることだったのです。入院生活に少しでも潤いがあれば、心のケア、癒しに成ればと言うことで、院内コンサートを平成2年の秋に始めて開きました。その当時は、病院の中で歌を歌うことはまだまだ違和感があったのですが、最近はだんだん受け入れられて来ました。



診察が10分 歌が30分

The 診察が10分 歌が30分

Aさんは呼吸器を着けてからも喋ったり、食べたり、呼吸器を着けても意思疎通は十分出来ていましたが、2年たちだんだんそれが不自由に為ってきました。
やはりALSという病気は喪失の連続なんですね。
その時々に精神的にどうしても落ち込む時期があります。
何か出来ないかということなので音楽療法士と相談し、電子ピアノにキャスターをつけてベッドサイドに持って行き、リクエスト曲を生演奏をしてもらいました。この方は「瀬戸の花嫁」「青葉城恋唄」をリクエストされました。普段は感情を表に出さない人ですが、瞬きをし涙をこらえている様子が見られました。



喜ぶ顔が見たい

The 喜ぶ顔が見たい

1ヶ月に1回ですけれども、次の1ヶ月先を楽しみに待っていただける。
難病があったり癌があったりしても、将来の日にちを楽しみに出来るということ自体すばらしいことではないかと思います。同行の看護師さんも、いつもの療養と違った雰囲気になるし、介護者の癒しにもなると言っています。
これを始めたら、保険所の保険師の訪問も増えたような気がします。
辛い顔を見るのは足が向きにくいですけれども、喜ばれる顔を見られると思うと、行きやすくなりますね。また保険師さんの観察でも、「歌を歌った日は夫婦の間で昔話がはずんでとても良かった」ということも言ってくれます。
連携が難しそうな場合でも、同行していただいた診療所の先生が突然歌い始めたりして、いっぺんにチームの和ができたということもありました。
「難病と在宅ケア」という雑誌の表紙に紹介されたこともあります。



神経難病医療ネットワークを実のあるものに

The 神経難病医療ネットワークを実のあるものに

重症難病患者入院施設確保事業』という国の事業ですが、兵庫県では『神経難病医療ネットワーク支援協議会』を去年から始めました。拠点病院として県立尼崎病院、国立療養所兵庫中央病院、私の勤務する公立八鹿病院と、その3箇所が決まりました。今年は協力病院を指定するという所まで来て、なかなか前進しないのですが、そこでは先ほど言った相談業務、入院施設紹介、受け入れて貰う為の研修会を開催する等の事業があります。この事業の一つとして、情報交換の場を作って、私の知っているノウハウを全部そこに提供したいと思っています。

兵庫県の方も居られますが、ゆっくりとですが着実に前進しています。先日、兵庫県下の県民局と保健所、いまは健康福祉事務所といいます。それから政令市の保健所の課長さんをクラスがみんな集まり、件から事業の趣旨説明がありました。現場からも必要性を説くようにということで、お話をして来た所です。全国の半数以上の県で、この制度のネットワークの形は出来ているのですが、十分に機能していない現状があります。兵庫県では看のあるシステムを作って生きたい。



地域にネットワークを

The 地域にネットワークを

院内のチームに加え、院外では保健所を中心にして、主治医の先生とか、救急隊、消防署、まで含めたネットワークが必要です。この二つのシステムは兵庫県丹波地方では早期に確立したと言われています。院内では毎月第一金曜日の夕方5時半から、関係のスタッフを集めて、ALSの患者さんについての情報交換をしています。現在は25名のALSの患者さんと、通院や入院、在宅療養中と、何らかの形でかかわりがあります。その一人ひとりについて病院側と訪問看護師の情報交換をすることで、入退院がスムーズに行くとか、家族の休養目的のレスパイト入院がスム―ズにいくと思います。

退院前の保健所を中心にしたカンファレンスでは、保健所とか市町村の保健師さん、ヘルパーさんに加えて救急救命士の方、それから身体障害者療護施設の方が集まられます。時には人工呼吸器のALS患者さん自身も、出席して挨拶をされたりすることもあります。91年からは、ディサービスセンターにお願いして、呼吸器をつけた人の入浴を初めて遣っていただきました。



呼吸器をつければ生きられる

The 呼吸器をつければ生きられる

私が20年前、長野の佐久総合病院に勤務していた時に、ALS患者の川合さんという方が入院されていました。1983年私はこの頃は、神経内科医として人工呼吸器をつけることは間違ったことと教わって、そういう方針で遣っていた時期なんです。同じ頃に内科の先生が、呼吸が苦しいなら呼吸器を着けて生きられるのだからと言う事で、かわいさんは呼吸気をつけられて、内科病棟に20年入院されました。私は隣の病棟に時々様子を見に行きました。寝たきりで動けない状態で、人間は耐えられるのだろうかと思っていたのですが、発病して16,7年たった頃、奥さんが手記に『この長い年月があって本当に良かった』と書かれました。中学生だった娘2人が成長して、大人になって結婚して孫も出来て、父親、母親としての役目を果たしたという満足感もあったと思います。一方子供さんの立場からは、学校の帰りにいろんな話を聞いてもらえる、父親としての存在感があるわけですね。

QOLを考えると、いろんな身体的な問題、社会的な問題、精神的な問題がありますが、やはり一番大事なことは自分が人生の中でこれまで生きて着て良かったと思えることと、今生きていることが好い事だと思えること、そう言う事が最高のQOLではないかと、現在では思っている所です。



生きてきてよかった

The 生きてきてよかった

QOLは「生活の質」とか「人生の質」とかいいますが、身体的な領域では体に痛みがないとか、体が動けるとか、体に苦しい部分がないということも大事ですし、自分が社会の中で何かの形で役に立っているということも大事なことです。最近スピリチュアルな領域といわれるものが強調されてきています。不安とかうつは、抗不安薬、抗うつ薬がありますが、薬ではどうしようもない、もっと心の中の奥深いところ、人間の根源にあるものとしてスピリチュアルという言葉が言われています。その人の存在している意味というか、自分が生きている意味を感じられるということがこの分野だといわれています。


スピリチユアケアをどう実践するかという点について、かつて淀川キリスト教病院チヤプレンだった窪寺俊之先生は、「音楽を一緒に聴きながら感想を話し合うこと」もう一つの方法と言われています。昔の歌は心のふるさと、心の支えになって、特に病んだ心、疲労した心には非常にしみこむわけですね。歌を聞いて今までの自分の人生を振り返って、自分の人生を生きて来て好かったという否定的な評価が出来るということが大事なことなのではないか。そういう面で音楽がスピリチュアルケアとして役にたつと言われています。スピリチュアルというと非常に難しい言葉に聞こえます。結局は自分が生きていてよかった、今生きていることが嬉しいと思える気持ち、という風に私は今の時点では解釈しています。これはまだまだ難しい分野です。



ALSと人工呼吸器−その誤解と伝説

The ALSと人工呼吸器−その誤解と伝説

昨(1999)年11月1日付の本紙(2361号)に掲載された松井和子氏の「人工呼吸器使用者の事故はなぜ頻発するか」の記事を拝読し,筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者のケアにかかわっている者として共感するところがあった。ALSにおける人工呼吸器の事故云々ということではなく,医療者側が根拠のない“思いこみ”や“常識”にとらわれてはいけないという点についてである。もっとも,古い常識にとらわれすぎてはいけないという点では,ALSのみならず医療全般に言えることかもしれないが。
公立八鹿病院神経内科部長  近藤清彦先生



「生きていてもしかたがない」のは本当か

The 「生きていてもしかたがない」のは本当か

ALSは四肢筋,球筋,呼吸筋を侵し,平均3年で呼吸筋麻痺をきたす神経難病である。従来は,呼吸筋麻痺は終末期の症状と考えられていたため,積極的な呼吸管理が行なわれることは少なかった。ALS患者に呼吸器装着が少なかった理由として,人工呼吸器の不足,長期入院によるベッドふさぎ,呼吸器につながれたままの状態での本人の苦痛,介護者の身体的・精神的・経済的負担,介護量の多さなどがあげられてきた。著者が神経学を学び始めた二十数年前は確かにそのような状況があった。しかし,現在でもそうであろうか。 ALSの病態は確立されているようでいて未知の部分も多い。特に呼吸器装着後の情報は乏しい。例えば,「ALS患者には褥瘡ができない」と教科書には書かれている。それは呼吸器装着までの患者についてはほぼ正しいが,呼吸器を装着し,長期療養を行なっている患者では褥瘡に悩まされることが少なくない。またその他にも,滲出性中耳炎や腸管麻痺が,ALS患者の合併症として多いことも知られていなかった。

 最も重要な選択である呼吸器装着については

            
  • 気管切開をすると声を失う
  • 呼吸器を装着すると何も飲み込めない
  • 呼吸器を装着すると寝たきりになる
  • 呼吸器を装着すると一生入院生活となる
  • 呼吸器を装着した生活ではQOLが保てない
  • 「そんなことなら生きていてもしかたがない」とか「かわいそう」と本人や家族が考え,“自らの選択”として呼吸器を拒否している現実が少なからずみられる。そして,その傾向は専門医の多い大病院でむしろ目立つ。そこには「呼吸器をつけると本人はつらい思いをするし家族には負担がかかる」といった20年以上前からの“伝説”が強く残っているように思われる。



気管切開では声を失わない

The 気管切開では声を失わない

気管切開で声を失うというのは誤解である。球麻痺が強い場合には気管切開の有無にかかわらず発声不能となるが,構音筋が保たれ気管切開の数日前まで発声可能な状態であったなら,気管切開後も発声させることは可能である。 もっとも,発声可能かどうかは使用するカニューレの材質に大きく左右され,カフ部分の材質が硬いものでは発声が困難となる。国内では数種類のカフ付きカニューレが入手可能だが,製品によって発声のしやすさは大きく異なる。実際,カニューレの種類を変更したとたんに発語が可能となったALSの患者がいた。

発声の方法としてカフエアを減量し口腔へのエアリークを利用する方法,スピーキングバルブを回路内に接続する方法,スピーキングトラケオストミーチューブを使用しカフと声帯との間に外から空気を注入し発声する方法がある。カナダALS協会のパンフレットには,「気管切開後の発声法の指導」の項目がある1)。

自験例では,気管切開を行なったALS患者21名中12名がその後も3か月から53か月,平均19か月の間,会話による意思伝達が可能であった2)。そのほとんどは,カフエアを減量ないし全部抜き,カニューレ孔を指で閉鎖して発声したり,呼吸器に接続したまま吸気時のエアリークを利用しての発声であった。

声を失うことを心配しすぎて気管切開の時期を逸し,呼吸不全や低酸素脳症にならないようにしなければならない。 気管切開後の嚥下機能もしかりで,気管切開後21名中14名で平均15か月,最長53か月間,経口的に食事摂取が可能だった2)。



人工呼吸器使用によって立位や座位が可能に

The 人工呼吸器使用によって立位や座位が可能に

呼吸器は装着後も間歇的に離脱可能となることが多く,下肢筋力が保たれている例,特に上肢麻痺や球麻痺で発症した例では歩行機能が維持されることが少なくない。これまで,呼吸器を装着した患者の身体を起こすことはあまりされていなかった。呼吸器をつけていると重症感があり,ICU患者のように安静にしているのが普通と考えられていたのかもしれない。

筆者は1985年に,呼吸器装着後のALS患者が理学療法士の熱心な訓練で座位から立位が可能となり,半年後に再び歩行可能となった例を初めて経験した。当院においても呼吸器装着後も積極的なベッドサイド訓練を行なったところ,21名のALS患者のうち15名で呼吸器装着後も独力ないし介助歩行が可能となった。屋内での介助歩行が可能であった期間は,3か月から29か月間(平均12か月)に及んだ

呼吸器使用によって呼吸状態が安定すると再び立位や歩行が可能となった例が約半数にみられたことから,低酸素ないし努力呼吸による脱力感・倦怠感が筋力低下に関与していたと考えられる。



在宅人工呼吸療法による入院短期化

The 在宅人工呼吸療法による入院短期化

在宅人工呼吸療法を行なうALS患者が年々増加してきている。当院では,この10年間で呼吸不全に至ったALS患者が22名あり,全員が呼吸器装着を選択,うち18名が在宅人工呼吸療法を希望した。医師,看護婦,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,栄養士,薬剤師,歯科衛生士,臨床工学技士,医療ソーシャルワーカー,訪問看護婦による「ALSケアチーム」がサポートし,退院指導と退院後の訪問を通じて療養を支援している。

保健所を中心とした地域関連機関のネットワークが次第に強化され,介護者への支援は増大してきている。間歇的なレスパイトケア(介護者の方の休息を目的とした一時的な入所・入院)をくり返すことで在宅療養が可能となっており,長期入院を必要とするALS患者は2割以下である。



外に出はじめたALS患者

The 外に出はじめたALS患者

先日,ALS協会近畿ブロックの患者交流会が当院で開催された。24名の患者を含む160名が参加したが,和歌山,徳島,淡路島,大阪,姫路,舞鶴などの遠方からも車で3-4時間かけて呼吸器装着者が集合した。コンパクトな呼吸器や外部バッテリーの普及で,車椅子に呼吸器を搭載することが容易となったこと,どんどん外出したいという意欲のあるALS患者が増加したことのあらわれであろう。

最近では,呼吸器をつけて毎週外出する行動的なALS患者もまれではなくなった。「呼吸器を装着すると寝たきりになる」「QOLが保てない」という従来の“常識”の殻をALS患者自身がどんどん壊していっているのである。確かに,ALSにおいては呼吸器装着後も四肢麻痺は進行し,意思疎通も困難になってくる。したがって決して楽観的なことは言えないが,20年以上前に作られた“伝説”をいつまでも引きずっていることには大きな問題がある。

呼吸器装着をめぐるインフォームドコンセントにおいても,第1に呼吸器を装着した後の状態はどうなるかを(医療者も患者も)正しく理解すること,第2に在宅療養を希望する人にはその支援体制を準備し長期入院を希望する人にはその体制をつくることが先決である。そのうえで,呼吸器装着についての「自らの選択」をしてもらうのがフェアではないかと考えている。



近藤清彦氏

            
                     
  • 1976年信州大学医学部卒業
  • 同第3内科助手を経て1982年佐久総合病院神経内科医長
  • 1985年からALSの在宅人工呼吸療法に取り組む
  • 1990年から現職。鳥取大学脳神経内科非常勤講師,日本神経学会認定
  • 医,厚生省「特定疾患患者のQOL向上に関する研究班」研究協力者
  • 著書に『神経疾患の臨床−今日の論点』(中外医学社刊)(共著)