「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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データの奸計 (初出 2010.6.5 renewal 2019.9.15)

【補注】
経営相談の窓口担当は言う。「もう少し早く相談に来て欲しかった」 私が「早いうちに相談すれば、会社は潰れなくてすんだのですか」と聞くと、 「いや、いずれにせよ会社はもたなかったと思う。でも、同じ潰れるにしても、傷が浅いうちに、もっといい潰れ方ができた・・・」
企業のことを一番詳しくしっているのは、その会社の経営者であるはずだ。しかし、情報をたくさんもっているがゆえ、判断を間違えることがある。
そんな問題意識があった。

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もう、ずっと前から言い続けてきたことだが、同じく“情報”と称される言葉には、いくつかある。
横文字の“data”、“information”、“intelligence”は、日本語に翻訳すると、同じく「情報」と訳すことができる。
では、データ(data)と、情報(information)と、叡智(intelligence)は、どこがどう違うのか?

1.データ

<データ>は、単なる知識の積み重ねである。本さえ読めば、データはどんどん増える。

経営判断にも情報が必要だ。 とはいえ、情報が多ければそれで正しい判断ができるということにはならない。むしろ、情報量の多さが判断を誤らせることがある。

data 単なるデータというのは、例えば「大化改新は何年(645年→今の教科書では646年)」「活版印刷の発明は何年(1445年)」「アメリカの独立は何年(1776年)」 「人類の月着陸は何年(1969年)」」といった、互いに関連性のない事柄の集積を指す。

ところで、単なるデータの集積でも、それぞれには固有の意味がある。
「大化改新=政治の転換点」「活版印刷=情報伝播速度の飛躍的向上」「アメリカの独立=ヨーロッパ中心の秩序の瓦解」「月着陸=人類の宇宙進出の金字塔」。
これら3つは「既存の摂理を、新しい摂理が塗り替える」という共通点をもっている。
とはいえ、それぞれの間に、“直接的な”関連性はない。それでも人は、そこに何らかの意味を加えようとすることがある。

大化改新により国内制度を整備した日本は、大陸への進出を始める。これが契機となって大陸では多数の民族国家が勃興し、 ヨーロッパへも異民族の文化が流入し始める。 危機感を持ったキリスト教社会は教義の普及に邁進。 活版印刷は教義をを世界に広めるための画期的発明となった。 その影響下で、神の下での平等を信じたアメリカ移民は、独立に至った。 独立したアメリカは国力を増強し、宇宙競争でソ連を追い抜いて月着陸を実現した。
したがって、大化改新は、人類の月着陸の起爆剤である。・・・そんなことはない。

単なるデータを、どんなにたくさん記憶していても、「来月の従業員の給料をどこから捻出するか?」ということに悩む経営者の課題解決の手助けとはならない。
ところが、次のようなデータを与えられると、簡単に人は影響を受ける。

社員:「社長! お喜びください。かねてから開発中だった我が社の新製品が、ようやく完成しました。まもなく量産化の目途も立ちます。」
社長:「それは吉報だ。これで我が社の窮地も救われる。すべてキミの努力の賜物だよ。 社の総力を挙げて販促をしよう。きっと売れる。そのときは、二人で祝杯をあげよう。」

医者:「率直に申し上げて、ご主人の病気は“癌”です」  妻:「でも先生。ウチの主人に限って、癌で死ぬなんてことは、ありませんよね」 ――そういうのと同じ。

新製品が完成したといったって、それだけで売れるという確証はまったくない。
社長が「売れる」というのは、“売れると信じたい”からだ。社員の努力が結果を出すと信じたいからだ。なぜなら“社”は窮地に直面しているからだ。
会社の経営に余裕があれば、「ところで、その新商品のマーケティングプランはどうなっているのか?」といった質問もできよう。
しかし、窮地に陥っている会社を救おうと懸命な社長に、その余裕はない。

人間というものは、その意味を補完して、データに方向性を加えたり、データの値踏みをしたりしがちだ。
そして、「補完する意味」は、得てして、自分にとって都合よく解釈された論理によって成り立っている。

後日、財務諸表に表れる数字は、社長の心情を汲んではくれない。続く→