「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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個から集団へ (初出 2010.4.4 renewal 2019.9.15)

以前、東京都では社内コミュニケーション診断という事業を行っていた。
「人間関係論的」な性格の強い本事業は歴史も古く、旧労働省の協力により開発された中小企業従業員態度測定(1957年)がそのルーツである。
やることは簡単で、従業員に集まってもらい、あらかじめ用意したマークシートに「はい」「いいえ」で答えてもらう。 さらに、自由意見を記入してもらい、これを分析して、企業内のコミュニケーションに問題がないかどうかの「カルテ」を作成する。

自由意見欄には、従業員がかなりストレートに会社批判を書くことがある。
労務管理上の参考にもなるのだが、そのまま経営者に見せて烈火のように怒られては困るし、 「誰だそんなことを言っているのは」と犯人捜しに繋がっても問題なので、分析段階ではかなり抽象的な表現になる。
「上役の○○さんは、何事もすぐ社員にどうしたらいいのかと聞いてくるけど、それなのにこちらから意見を言うと頭ごなしに批判する」と書かれているとすると、 「企業経営について満足度は普通水準ですが、不満が多い二極化型です。」といった表現になる。
これでは経営者にはピンと来ない。そこが、この事業の悩みだった。

この、社内コミュニケーション診断だが、当初はどちらかというと製造業向けであり、 「職場の安全や快適さを考えた場合、直ちに改善すべきだと思う箇所がありますか」といった質問も含まれていた。
その後、第三次産業化が進む中、サービス業にマッチするような模様替えが求められるようになり、 1998年、サービス業向けの新ヴァージョンが開発された。
その際、製造業とサービス業とでは、どこか違うのかという検討がされている。結論はこうだ。

サービス業では、冷房病、立ち作業による健康問題など、安全より健康への配慮が重視される。 製造業ではチームワークを欠かせないが、サービス業は同僚よりも顧客との関係が重要である。 この結果、質問項目として「会社は、顧客からの苦情に迅速に対応できるよう努力していると思いますか」といった内容が付け加えられた (出典:RCS入門やさしい社内コミュニケーション診断のすすめ方 日本労務研究会 森賢太郎)。

製造業の場合、職場の労務管理は「使用者(上司)――従業員」という、構造になっている。
サービス業の場合、「使用者(上司)――従業員」と、「顧客――従業員」という、二つのパワーバランスが生じてしまう。

アパレル販売業に勤める知人は、上司から「商品在庫を随時把握しておいて、在庫の多い商品を顧客に推奨するように・・・」と指示されたという。
「しかし、自分としては、お客様に一番似合う商品をお勧めすべきだと思う」と言っていた。
顧客との対面販売が主なサービス業において、店頭に立つ者にとっては、常に顧客の要望に応えることが最優先。 しかし、それが店にとって不利益になることもあるのだ。

こうしたことから、顧客相手のサービス部門では、チームワークよりも個人プレイが大切になる。 とするならば、サービス経済化が進んだ今日において、職場の人間関係が希薄になるのは、むしろ自然の成り行きということになろう。
その状況下に、個に籠もりがちなテレビゲーム世代の人たちが参入してくる。 だからこそ逆に、経営者と従業員、部門と部門の関係をしっかり繋ぎ止めておかないと、会社がバラバラになってしまうのだ。

「同僚を出し抜いて新しい顧客をゲット」という従業員が増えると、近視眼的には会社経営にとってプラスになるかもしれないが、そういう従業員は企業そのものに対するロイヤリティも低いので、何かあればプィと出て行ってしまう。 そして、不満を抱えた従業員ばかりが残る。

IT業界などでは、従業員が客先に行って仕事をすることが多い。
場合によっては、他の同僚の顔も知らないということも起こりかねない。

人形町にCLINKS(クリンクス)というIT関連の企業があり、業績を伸ばしている。従業員の定着も良いとのこと。 経営革新の担当をしていたとき社長と話をする機会を得た。
この会社では、早くから社長自らがブログをやっている。さらに各事業部もブログを出しているほか、採用内定者のブログすらある。 ひじょうに「ウェット」な社員間の繋がりが社の特徴で、社内パーティなどもさかんに開催しているようだ。
ゲーム世代の人たちは、この会社で、自分たちが育ってきた環境とまったく逆の人間関係を築く。それが定着性の良さに繋がっている。
社長の話では、「ITの特定派遣業務だと従業員は先様の企業の中で、孤立して仕事をしなくてはならなくなる。 難しい問題に突き当たると、つい“煮詰まった”状況に陥る。 そういうとき、気軽に相談できる相手が必要になるので、逆に職場内の人間関係を濃密にしておかなければならない」とのことだった。 このあたりに、新時代の社内コミュニケーション改善の方向性が見えてくるように思える。(終)