「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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短気は損気 (初出 2010.3.28 renewal 2019.9.15)

【補注】
私は事例をシナリオ仕立てにすることが多い。
というのも、いろいろと相談を受けてきて、相談に来た人たちの“想像力の欠如”を感じることが多かったからだ。 「そういうこと言ったら、相手だってそう言ってくるでしょ」と説明して、初めて気づく。 今風に言うと「空気読めない」ということになろうか。
世の中を生きていく上では、ストーリーをどう書いていくかというのが、とても大切なのである。

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ある日の夕方、営業のA君は、部長室からB部長に手招きされた。
部屋に通されると、B部長は、あらたまった仕種で、「まぁ、かけたまえ」と、応接ソファーを指さす。

「キミはこの会社に来て、何年になるかね。」と、切り出すB部長。
「もう3年近くになります。」
「どうかね、この仕事。自分に合っていると思うかね。」
「自分では、毎日、満足して働かせてもらっていますが・・・」
「実は、キミのここ3ヵ月の営業成績なんだが、去年と比べると大幅にダウンしていると聞いたのだが・・・」
「それは認めます。しかし、景気が芳しくない中で、どこの会社を回っても新しい契約を結ぶのに二の足を踏んでいるのですから、やむを得ません。」
「景気が悪いからという一言で済ませてもらっては困る。社としては、キミに相応の給料を払っている以上、それに見合うだけの実績を上げて欲しいんだ。」
「ほかの営業マンだって、私とどっこいだと思いますが。」
「入社3年にもなれば、もう中堅どころだ。実際、C君やD君はこれまでと遜色ない成績を上げている。」
「受持区域のことも考えてください。私のところは、業績のふるわないお客さんが多い地域なんです。ハンデが大きすぎます。」
「そういう苦境を乗り切れるパワーのある社員が、わが社には必要なんだがね。」
「BやCは、得意先の御曹司ですが、私にはそういったコネはありません。そもそも不平等なんだ。」
「それがどうだというんだね。いい企業とは長い付き合いをしていかなければ、こんな中小企業は一遍に潰れてしまうよ。」
「私だって、以前はずいぶん成績を上げていたじゃありませんか。」
「しかし、強引過ぎてクレームが多かったのも事実だ。先様から『こんど来たヤツは・・・』という苦情もあった。 その都度謝って、キミを一人前の営業マンに育ててきたのはボクだ。だから、こんな話をするのは辛いんだ。察してくれ。」
「要するに、辞めろということですね。」
「そうは言わん。キミだって、もう自分で判断できる年齢だろう。」
「近々身を固めようと準備しているところです。親も高齢で心配します。私としては、もう少し面倒をみてもらいたいんですけど。」
「こういったご時世で、我が社の経営も思わしくないんだよ。私も率先して現場に出ている。 社長は金策でかけずり回っている。そんだときに『景気が良くなるまで待ってくれ』ってのは優秀な社員が言う台詞ではない。」
「私を無能呼ばわりするんですか。クビにするなら、そうはっきり言ったらいいんだ。私を必要としていない会社なら、こっちの方から出て行ってあげます。」
「まぁ、そう声を荒げなくてもいいだろう。今すぐってわけじゃないんだよ。考える時間は1ヵ月くらいあげるから・・・。」
「もう、こんな会社1日だってゴメンだ。すぐ辞表を書きます。」
「そうか、残念だな。これ以上話をしても無駄なようだ。給料の残額はきちんと振り込んでおくからな。あとは庶務のD君から連絡させるようにする。」

・・・・とまぁ、こんな具合に、A君は「一身上の都合により」という辞表を書き、会社を後にした。

後日、A君は離職票をうけとり、ハローワークへ向かった。
担当は、「あなたの場合は、自己都合退職ということになりますので、失業給付の需給は3ヵ月後になります。」と告げる。
確かに離職票は「労働者の個人的な事情による離職」がチェックされていた。
A君は抗議の電話を職場にかけた。対応したDは冷たく答えた。 「B部長からは何も伺っていませんし、ご自分でお書きになった辞表も『一身上の都合』ですから、会社としては致し方ありません。」
「いったいどこが、『自己都合』なんだ・・・」 A君は、力ない声でつぶやいた。
(補足:本事例はフィクションです)

会社はなぜに「自己都合退職」にこだわるのか。

初出当時は、表面的に「自己都合」であっても、事実関係が明らかになれば「会社都合」にしてもらえることがあった。
ところが、現在は、国が雇用関係の助成金制度を何種類も出している。 そして、そういう助成金を企業が受け取る条件として「会社都合の退職者を出していないこと」が前提とされる場合が多い。 国としては当然だろう。
このため、助成金を受けている企業は、何とかして「自分の意思で退職した」という形にしたいと考える。

また、従業員を解雇する場合には、正当で合理的な理由が必要だということが、これまでの判例で積み上げられている。 理不尽な解雇は「権利の乱用」として無効となる。したがって、解雇が争いの対象となった場合、会社側の主張を通すのは簡単ではない。
退職後の従業員が労働組合に加入して、突然、解雇撤回を要求して団体交渉を申し入れることもありえる (※この場合、ともかくも話し合いに応じなければ不当労働行為になる。「聴く耳持たない」的対応は、絶対にダメだ)。
加えて、会社都合の解雇では、「解雇予告手当」の支払い義務が生じるうえ、退職金も支給額が増えるなど、会社側の負担が大きい。
しかし、「自分から退職を申し出た」ということになると、労働者側が抗弁することは、極めて難しくなる。

一方、従業員が「不当解雇」「解雇権の濫用」を会社と争うとなると、「職場復帰」が当然の帰結となる。 「不当だから撤回しろ。撤回したからには元に戻せ」と主張しないと、解雇問題は争えない。
しかしながら、争っている当の本人に聞くと「あんな会社、戻りたいはずないじゃないですか!」と言う。

世の中複雑だ。続く→