「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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出会いはさわやかに (初出 2010.5.23 renewal 2019.9.15)

【補注】
この話はフィクションです。

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今朝、Aの妻は娘を連れて、家を出て行った。 「あなたの顔は、もうこれ以上見たくありません。実家に帰って、これからどうするか、よく考えてみます」と言い残して・・・。
Aには返す言葉はなかった。「どうして、こんなことになるのか。どこで歯車が狂ったのか・・・」

A部長(50歳)は、社内でも人望がある人物。その能力・キャリアとも評価は高い。
家庭には妻(専業主婦)と2人の娘がいる。 家族の側からは、家庭生活を省みない仕事中心主義者だと批判されていて、いささか家での居心地は悪い。 家人からの風当たりが、A部長を仕事に駆り立てている面もある。

たしかに、朝早く出、夜遅く帰る日々が続いていたが、Aにとって、それはそれで好都合だった。
家庭内でAの居場所はなかった。妻はスポーツジム(お目当ては若いインストラクターらしい)、大学生の長女は就活とボーイフレンドで手一杯。 高校生の次女は受験で塾通い。
「お前たちが好き勝手できるのも、オレが働いているからだ・・・」と、反発する気持ちがないわけではないが、 透明人間のような家庭生活を送るにつれ、それはそれで気楽だなと、悟りを知る年齢になっていた。

会社で新しいプロジェクトが立ち上がることになった。 その準備担当にA部長が抜擢された。 チームが編成され、忙しい日々が始まったが、若手メンバーは事業に不案内であり、いきおいA部長に問い合わせ対応や判断が集中した。 会社はA部長の窮状を見かねて、若手で有能な社員B子(24歳)を秘書に就けた。

A部長とB子は、双方とも頼ったり頼られたりする関係となった。まさしく運命共同体である。 B子を得ることによって、A部長は忘れかけていた家族のぬくもりを取り返したような気がした。
両者の尊敬が、だんだんと深い愛情へと変わっていったことは、容易に想像できる。
いつしか、二人は、ただならぬ関係になっていった。
二人のウワサは、だんだんと社内でも知られるようになっていく。
しかし、当の二人だけは、自分たちのことを知る者はいないだろうと軽く考えていた。

ある飲み会の席、A部長の以前の部下C男(28歳)は、A部長に尋ねた。
「今度来たB子ですが、前の職場ではバリバリ働くタイプじゃなかったと聞いていますが、大丈夫ですか。」
A部長:「とんでもない。あんなに仕事ができる子はいないよ。それに気立てもいいし・・・。 たぶん、前職の上司が嫌がらせでもしたんじゃないか。 だいたいだな、我が社の人材活用は甘いよ。B子のような優秀な社員は、秘書ではなくプロジェクトの中心に据えるべきなんだ・・・。」

C男は、A部長がB子のことをずいぶんと誉めちぎっていることに面食らった。 A部長は、人事評価については、決して甘い人ではない。そのことは社内でも定評があった。 だからこそ、C男はA部長に取り入ろうとしていたのだ。
「この二人、何かあるな」と、C男は直感した。

セクハラと聞くと、脂ぎった幹部社員が初々しい女子社員に言い寄る姿を浮かべるかもしれない。
時代劇での場面では、
悪代官:「これ娘、苦しゅうない。近こう寄れ。さぁ、近こう・・・」
村娘:「あ~れ~。お代官様、ごむたいな!」
というシチュエーションがお約束になっている。

今でも、そんなケースは皆無ではないだろうが、現代の女性は、そんなセクハラ部長に不覚を取るほど頭が悪くはない。 「あの部長はアブナイ」という情報は事前に同僚から仕入れていて、なるべくなら近づかないようにしている。

実際のセクハラトラブルの中には、その始まりにおいて多少なりとも双方引きあっている、つまり、「まんざらでもない」というケースがある。 実はこういった案件が泥沼化する。それが、怖い。続く→