「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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運命のすれ違い (初出 2010.5.23 renewal 2019.9.15)

【補注】
この話はフィクションです。

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部に、新人D男(22歳)が配属された。
一流大学を出たエリートの彼は、社内女子社員のあこがれの的だ。
B子も、たちまちD男に心を奪われることになる。
そして、二人は、いつの間にか意気投合し・・・。・・・。

おもしろくないのは、他の女性社員たち。
およそ人間というものの、「嫉妬」という感情ほど恐ろしいものはない。
「B子のやつ、A部長がいながら、なんでD男にまで手を出すのよ」といった陰口が広まる。

B子も、周囲の態度が何となくおかしいのに気づくが、もっぱらその原因はD男をモノにしたためだと思っており、 A部長との関係が周りに知られているなんて、少しも考えない。
知らないのは、当事者ばかりなのである。

A部長は、突然、C男から、「たまには部長、どうです、きゅーっと一杯」と誘いを受ける。
C男はB子の心変わりに気づいており、これを肴に、大いに溜飲を下げようというワケなのだ。

C男:「部長、B子と、ヨロシクやってるんですってネ?」
A部長:「そんなことない、断じてない。B子くんは、最近はD男と忙しいみたいで、私なんかタダのオジサンとしか思ってないよ。」

C男は、後日、二人の結末をおもしろおかしく仲間に伝えた。
その結果、男性社員の間でも、「B子って、けっこうお盛んだゼ」と、ウワサが飛び交うようになった。

やがてこの話は、B子の恋人であるD男の耳にも入る。
B子をねたんでいた女子社員が、ご忠信したのだ。
そして、B子とD男との恋仲も、終末を迎えるのである。

B子はこう確信する。「ウワサは自分とD男との関係に嫉妬したA部長が、わざと流したに違いない。」

人は他人から騙されると怒りを感じる。
しかし不思議なもので、以前から信頼を置いていない人物に騙されても、さほど傷つくことはない。 しかし、自分が信じていた人に裏切られたと感じると、怒りは抑えがたいほどの感情の炎となる。

およそ人間というものは、「自分が信じたいと思うものを信じる」傾向がある。 勝手に信じておきながら、自分が信じていたものに裏切られたと感じると敵意を抱く。
怒りはやがて、「憎しみ」になる。
怒りならば、時間の経過とともに、次第にパワーを失っていく。
しかし、「憎しみ」は時間が経てば経つほど、大きく膨れあがっていく。

B子は「なぜ自分と部長との関係を周囲に話したのか」と、A部長に詰め寄る。
A部長は話したという認識がまったくないので、それを否定する。 そればかりか、「そもそも、キミとは最初から・・・」と、言わずもがななことまで口走ってしまった。
このとき、B子のA部長に対する感情は、「好意」からひとっ飛びに「憎悪」に変わった。
「なんで、こんな人とつきあったのだろう」という後悔が、さらに憎しみを倍加させる。

このときのB子の心の動きを、男性であるA部長は理解できない。
「自分からD男にすりよっておきながら、勝手な言い分だな」くらいに受け止めているにすぎない。
A部長は戸惑う。「あんなに素直なB子が、どうしてこんなになってしまうのだろうか」。

と同時に、男性らしいご都合主義が復活する。
「自分には、妻も子どももいる。家族を巻き込むわけにはいかない」。
あまつさえ家庭を省みず、妻を騙して不倫を重ねておきながら、せっぱ詰まると、たいがいの男は、こういった言い逃れを考えつくのだ。
その言い訳が、B子の憎しみをさらに爆発させるとも知らずに・・・。

ちなみに、「不倫は違法行為か」という観点からいうと、 不倫関係を持った配偶者に(この例だとA部長の妻はA部長に)対しては債務不履行責任を追及できるし、 その配偶者との性的関係をもった異性(この例だとB子)に対しては一種の債権侵害として、不法行為責任を追及できると解されている。
ただし、ただの不倫行為に対し、「職場秩序」を乱すことを理由として懲戒処分にできるかというと、裁判では無効なる可能性が高い。
だが、セクハラとなると、会社側の管理責任が問われることが多く、話は別だ。

もう我慢できないB子は、A部長の行為を、会社の苦情処理窓口に申告する。
ところが、相談に応じた年輩の幹部(E部長・58歳・女性)からは誠意が感じられない。

「だいたいあなたは、A部長に奥さんがいるのを承知でつき合ったのでしょ。あなたの行動も問題じゃない。
「会社は個人的な問題には立ち入れないんだ。
「人生なんて、いろんなことがあるんだから、後から思い出したときに、あんなことに大騒ぎした自分が滑稽に思えることもあるよ。
「そんなことでくよくよせずに、忘れて仕事に頑張ればいい。」

そんな対応しか引き出せない。
相談担当のE部長は分別もあり人生経験も豊富だったが、やはり組織人であるし、当然A部長とも面識があるから、そのような解答しかできなかったのだ。
少なくとも、B子はそう確信した。

B子としては、勇気を奮い起こして、自分の恥ずかしい状況を告白しているわけで、ここで、また信じていたものに裏切られた、と傷を深める。
そして、「もう自分はひとりぼっちだ」と打ちのめされる。

そんな心情だから、仕事にも張りが出ない。もちろんA部長と言葉を交わしたくないから、秘書失格である。
高まった感情は、一気に急降下し、心を病んでいく。
そして、会社に嫌気がさし、自分から退職することになるのである。
関係者は皆、「これで問題は解決した」と、ホッとする。続く→