「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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知識と叡智~インフォメーションからインテリジェンスへ (初出 2010.6.5 renewal 2019.9.15)

【補注】
初出で、銀行利子の例は0.1%という数字だったのだが、再掲では0.01%に改めた。
10年経つうちに、0.1%というのは、大きな有意差になってしまったからだ。郵便貯金を10年動かさなかったら倍になった時代が懐かしい。

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3.インテリジェンス

アメリカにCIA(中央情報局)という組織がある。
この組織、一般にはスパイ活動を行う中枢だと思われているが、その大半は情報分析を行う部門で、 世界中の情報を集め、重要な情報が入っていないか毎日必死に分析しているらしい。
このCIA(Central Intelligence Agency)の“I”がインテリジェンスだ。

すでにお話したように、単なるデータとしての情報は、それぞれの関連性を加えるとインフォメーションに成長する。 インテリジェンスは、さらにその情報を評価者の立場から値踏みをし、価値によるウエイト付けをしたものだ。

インテリジェンス

Aという情報とBという情報があって、その優先順位をつける。
その情報が、企業にとってどのくらいの価値を有するかが、大切な要素となる。

[例]
A銀行とB銀行がある。B銀行の方が、預金利子が0.01%高い。

このことを知ると、普通の人は、A銀行にあった預金を解約して、B銀行に預け直そうとする。
ところで、預金利子が0.01%というのが、どれくらいの価値かというと、100万円を1年間預けて100円の差が出るといった程度だ。
「B銀行の方が有利」という事実は間違いない情報である。が、わざわざA銀行の預金を解約してB銀行に全預金を預け直す意味がどれほどあるだろうか?
つまり、正確か正確じゃないかではなく、その情報が評価者にとって、どれだけの価値を持つかが、重要だということになる。

先行き不透明な現代社会にあっては、近視眼的な損得勘定ではなく、鳥の目の高みから全体を把握することが大切だ。

この判断に必要とされるのは、知識(knowledge)ではなく、叡智(wisdom)と呼ばれる能力である。
インターネットの時代になって、知識は氾濫している。しかし、経営の舵取りにとって必要なのは叡智だ。

経営の神様といわれた松下幸之助氏に関して、こんな逸話が残っている。
波止場を歩いていた松下氏は、いきなり男にぶつかられて、海に落ちてしまった。 いっしょにいた秘書が、「社長、大丈夫ですか。私が文句を言ってきますよ」と言ったが、 松下氏は秘書に向かって「馬鹿者。文句を言ったからといって、私は海に落ちないで済んだのか。 私が海に落ちたという事実は何も変わらないじゃないか。先を急ぐぞ」そう言って、さっさと歩き出した。
(出所:だから会社が儲からない! 嶋津良智 日本実業出版社)

一方、こんな話も残っている。
松下電器は大手自動車メーカーにバッテリーを納入していたが、 「松下のバッテリーは高過ぎる」と、メーカー側は提示額の20%引きの価格引き下げを求めた。 それでも松下電器は引き受け、要求額で納入したところ、翌年もその翌年も、メーカーはまた10%下げてくれといってきた。 松下電器の人間は怒ったが、頑張って、また下げた。そうしたら、なんと次の年には、半額にしてくれといってきた。
役員会が開かれ、「この仕事は継続はできませんので、皆さんご了解いただきたい」と担当役員が説明したところ、 やおら、松下氏が「ちょっと待て」という。
「ちょっと待ってくれ。本当にできないどうか考えてくれ。 松下が何年にもわたって10%、10%と無理な値下げに応えてきて、これでもし半額にできたら、 今後10年間はその会社のバッテリーは全部松下に来ざるを得ないだろう。 だから、できるかできないかを考えてみようじゃないか。その上で、本当にできないならやめよう」と。
そして、担当に一つずつ、たとえば、バッテリーの液体は変えられるかどうかとか、半額にするには重さはどうしたらいいかとか、 外注に出しているのを中でやれるだろうかとか、聞いていった。
やがて30分後には、役員全員が「これは半額になるぞ」と確信をもった。
(出所:日本型イノベーションのすすめ 小笠原泰・重久朋子 日本経済新聞出版社)

世の中には、どうにもならない事柄と、がんばればどうにかなるかもしれない事柄がある。
それを見抜く能力こそ<叡智>だ。
知識は、より精度の高い判断を下すためには必要だ。 だが、「あれか」「これか」の選択に迷ったときは、すこし高みから自分を俯瞰し、何が賢明なのか叡智を働かせて考えることが必要である。

東商の中央支部は、2009年度(平成21年度)に、地域の老舗企業の調査を行った(「老舗企業の生きる知恵」~時代を超える強さの源泉~)。
その結果、何代も続く老舗企業は、創業者のやり方を何も変えずに生き残ったのではないことがわかった。 「今日あるのは単に伝統を守ってきたからではなく、革新を積み重ねてきたからである」と、多くの老舗経営者は異口同音に言うとのこと。

その一方で、老舗経営者が頑なに守り続けてきたものもある。それは「顧客との信頼関係」である。
それも叡智による選択だといえよう。

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【補注】

松下幸之助氏について上の逸話は有名である。
しかし、あまり知られていないとっておきの話を付け加えておく。β方式とVHS方式との間で、ビデオの規格争いが熾烈だった頃の出来事だ。
出所は、ソニーのあゆみが書かれた、ソニーホームページの「Sony History」である。

「ソニーと日本ビクター両社の各ファミリーづくりは、1976年を通して進んでいく。
盟友である松下電器は、依然として態度を鮮明にしない。
そして年の瀬も押し迫った頃、大阪の松下電器本社を訪れた会長の盛田、木原たちは松下幸之助相談役から結論的な話を聞かされた。
部屋の机の上には、カバーがはずされたソニーの製品と日本ビクターの製品が置かれており、 「ベータも捨てがたい。でも、どう見ても日本ビクターのものの方が部品点数が少ない。 私の所は1000円でも100円でも安く作れるほうを採ります。 後発メーカーとしてのハンディキャップを取り返すためには、こちらは製造コストの安いほうでやるしかありまへんな」
こうしてソニーのベータ規格側には東芝、三洋電機、日本電気、アイワ、パイオニアが、 日本ビクターのVHS規格側には松下電器、日立製作所、三菱電機、シャープ、赤井電機と、家電業界を二分するこんな構図ができ上がった。
(出所:http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-02.html)

結果は皆さんご存じのとおりである。
性能のソニーか、コストの松下か。このときの松下幸之助氏の判断がなかったら、私たちはビデオの世界でもガラパゴスに取り残されていたのかもしれない。 続く→