「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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経験則の裏切り (初出 2010.6.5 renewal 2019.9.15)

【補注】
失われた10年が、いつの間にか30年になってしまった。
低空飛行に移ったとはいえ、日本の経済はまだ何とか維持できているようだ。少なくとも、雇用面では格段の上昇が見られている。今のところだが。
失われた年月の中で、ものづくり王国である日本は、いつの間にか姿を変えたようである。 かつて、ウォークマンが世界を席巻し、高品質な製品で“As No.1”と呼ばれていた頃とは違って、 昨今の隣国とのいざこざを見ると、どうやら我が国は「素材産業国」に変貌していたようだ。 たぶん、ものづくりでは、今や中国がNo.1なんだろう。ちょっと寂しいが。
一方で、香港が中国に編入されるのと対照的に、東京は世界のマーケットにとって、アジアの中心になった感がある。 何が変わったのか、もう一度、よく分析してみる時期に来ているように思える。

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人は同じ間違いを繰り返す。 それは、同じ物差し(frame of reference)を基準に判断を下すからだ。
経営者の年齢は高い。 経営者ならずとも、年齢の高い人は、自らの過去の経験(成功からの自信もあれば、失敗からの教訓もある)を基に、新しい判断を下そうとする。

経験則の裏切り

ところで、現在(初出:2010年)は100年に1度といわれる、経済の危機である。
したがって、予定していた事業が思うような成果を生み出さなくても不思議はない。

しかし、そうは言っても、売れない理由が、別にあることもある。
そこのところは検証が必要だ。
例えば、(1)いつも仕事を出してくれていた発注元が海外に生産拠点を移した、 (2)消費者の嗜好が変化して商品が飽きられた、 (3)市場が満たされてしまい需要がなくなった、など、 経営を取り巻く環境変化が生じて業績が低迷しているのであれば、事は重大だ。
そこで、販売不振の原因が本当のところどこにあるかを、冷静に分析する必要が生じる。

問題点が洗い出されたら、それを元に計画を練り直して、再出発すればよい。
しかし、大企業ならともかく、中小企業だと、そう何度も失敗する余力はない。

「オレの作った会社だから、オレが潰したってかまわないだろう」と、中小企業のオヤジなら捨て台詞をはきたいところだ。 が、従業員やその家族にも生活がある。それに、社屋はもとより社長の自宅も会社の運転資金借入の抵当に入っていたりすることは、ざらにある。
たくさんの人たちの生活が、経営者の舵取りにかかっているのだ。

ところが、小規模な企業の場合、多くはワンマン経営者の方針で会社が運営されている。 ワンマンゆえに、社内では社長の言に異論を唱える雰囲気が失われている。 社長は「どうも我が社の社員には覇気がない」とこぼすが、実はそうさせているのは社長のオーラだ。
社長は年齢も高く、経験も豊かだ。このため、どうしても自分の過去の経験則に基づいて判断をくだすようになる。
「あのとき、ああやってうまくいったから、今度もそうすれば乗り切れる」――この思いが、変化した経営環境への対応を遅れさせる。
経営環境が大きく変わったなら、思い切って過去を捨てる覚悟も必要になる。ワンマンだからこそ、思い切った判断も可能だ。

先に紹介した老舗経営者の調査の中には、「床の間がなくなってきたのであれば、掛け軸は床の間から出ればいい」という発想から、 マンションにも合う屏風を作るっている五代目表具師の話や、 100円ライターの登場を目の当たりにして取扱商品を煙管(きせる)から生活雑貨に転換した十四代目の話が紹介されている。

経験則から脱却した発想を持たなければ、窮極は乗り切れない。
そのために経営者は、専門家や従業員の声に対し、虚心に耳を傾ける必要があるだろう。続く→