「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

 INDEX

モラルハザード:温故知新 (初出 2012.1.21 renewal 2019.9.15)

【補注】
本稿を書いた頃は、まだ企業の「コンプライアンス」とか「ガバナンス」とか、「個人情報の保護」とかも、うるさく言われていない頃だった。
これを守るために、その後、会社組織は「恐ろしいほどの手間」をかけさせられることになる。
しかも、これらは100%の完璧に達成することは不可能だ。だから、時として問題は発覚する。 しかし、発覚した時に、どれだけの予防措置を取っていたかが、世間の批判を軽減することになる。
だが、従業員はそれを知っている。 「発覚した時に、幹部が責任逃れするために、自分たちはこんなにたくさんの作業をやらされているのだ」と、いつも憎々しげに思っている。 その爆発も防がなければならない。でないと、リークされる。

******

経営者が若い場合も、サポートが必要になる。
最初に「経営者の高齢化が廃業の遠因」だと言っておきながら何だが、経営者が代替わりしたときに会社の危機が訪れることが多い。

こういうとき、社内、社外ともに新しい経営者の人物像に「期待と不安」が集中する。
一般的に後継者は「前社長の築いた信頼を脈々として継承」すると表明する一方で、企業体質の抜本的改革に乗り出すのが普通だ。
仮に取引先が、前社長との長年に渡る馴れ合いからだらだらと契約を継続させていたとすれば、区切りを付けるのに好機がと考えてもおかしくない。
この場合、企業の命運をになうのは前社長時代から企業経営を支えてきたベテランの社員になる。 だが、彼らは変化を好まない。「今度の社長は・・・」というひそひそ話が社内に広がる。

ところが、若社長としては、何かと先代と比べられるのにうんざりしている。
意地になって自分としての新機軸を打ち出そうとする。 その度が過ぎると、従業員にも、顧客にも、そっぽを向かれる。
でも、茶坊主と陰口を言われるような従業員だけは、離れない。 しかし、えてしてこういう人は、若社長と同じ知識・経験を共有している場合が多い、同質の人達だ。
だから、そういう人達ばかりから知識を吸収しても、あまり参考にならない。
そればかりか、話し合いを持つ度に、切磋琢磨どころか傷をなめ合うことになりがちで、お互いに「そうだよな」「回りが間違っているよね」を繰り返すことになる。
そして、若社長は自分の方針が唯一絶対だという思い込みを強める。

さらに、企業の社長となると、取り巻きからの誘惑も多い。 この際、新社長に取り入って生活の糧を得ようという“専門家”も取り付きやすい。 宦官政事がどういうものだったか、歴史を振り返ればわかりそうなものなのだが、経験不足の若社長には、専門家の助言が絶対であるかのように感じられる。
こうして、会社が傾く。

確かに、斬新は発想は必要だし、代替わりの際に、旧勢力の口を封じることが必須だという面も否定できない。

「二代目なり三代目なりが経営を引き継ぐと最初に直面するのが、先代経営者のもとで育ち、抜擢され、活躍してきた役員や経営幹部たちの存在である。
「一般的にこうした役員や経営幹部たちは、先代の経営方針の下でそれを忠実に実行し、成果を上げる成功体験や危機を乗り切った体験等、 総じて過去の成功体験を判断基準にして物事を見ていく傾向が強い。したがって、後継者の新しい経営ビジョンや経営戦略に対して非協力的な態度、 否定的な態度に出る場合も決して少なくない。・・・(略)・・・このような問題を後継者に解決を委ねるのは酷な話である。現経営者が引導を渡すしかないのである。」
(企業承継の考え方と実務 ダイヤモンド社 企業再建・承継コンサルタント協同組合編著)












そういうこともあるだろう。
しかし、古くからの従業員の言葉にも耳を傾けるべきだと思う。

若社長が学んできたピカピカの経営理論は、まったく誤謬が見当たらないように見えるかもしれない。
しかし、私たちの年代になると、「一見、間違っているように見える運用方法にも、そうならざるを得ない必然的前提が存在することが多い」ということを知っている。

例えばだ。高速道路で速度制限を守る車は少ない。これは間違っている。 だから、すべての車が速度制限を守るべきなのだ、ということは誰でもわかる。 では、一部の車が速度制限を生真面目に守ったらどうなるか? ようするにそういうことである。
会社にも表向きのルールもあれば、現実的な裏向きのルールもある。 違法行為は論外としても、仕事の仕方についてのローカルルールまで原理原則で退けていいのか、若き経営者はよくよく考えてみる必要がある。

そして、そういうときは、古参の従業員から真摯に話をきくべきだ。
そして、大切なのは「なぜ、そうなっているのか?」だ。
古くからの従業員はそこまで掘り下げて考えてはおらず、「前からそういうことになっている」という弁明に終始しがちだからだ。
しかし、その「なぜ?」の部分に、企業経営にとって重要な要素が含まれていたりするものだ。
そして、旧来のルールが間違っているならば、「なぜ?」の部分も含めた解決策を考案しなければならない。

例えば、もっと安い仕入先があるのに、割高の仕入先から材料を仕入れていたとする。 当然、若社長としては、「仕入先を変えろ」という方針を出したいところだ。 従業員に聞いても「前からそうしているから・・・」という返事しか帰ってこないかもしれない。
そうしたときに、「なぜ?」という疑問を突き詰めて考えてもらいたいのだ。
若社長の言に間違いがない場合、従業員側から「実は私も、前々からそう考えていました・・・」という返答があるかもしれない。 論破したと慢心せず、「では、どうすればいいかお互いに考えよう」と提案する。それがコミュニケーションの始まりになる。
それも大切なことだ。続く→