「しごと」と「労働」に関するよもやま話(renewal)

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つまずかない人生:顧客目線の大切さ (初出 2011.8.7 renewal 2019.9.15)

【補注】
「社会科」の講義ノート続き。

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事例を一つを紹介する。これも飲み屋で仕入れた話だ。

アパレル系の販売員が、売り場のチーフと対立して、職場に行けなくなってしまった。

チーフの主張はこうだ。「在庫を常時確認して、在庫が多い品物から顧客に勧めろ。」
従業員の反論はこうだ。「自分の目から見て、この人には似合わないと思う服を売ることはできない。」
チーフの再三にわたる注意を受け、従業員は会社に出勤できなくなってしまったのだという。

この両者の主張は、ある意味、双方とも正しい。

会社の経営効率を高めるなら、不良在庫を持たないのがベスト。経営が成り立つから、給料も出せる。 会社の方針に従業員は従うべきで、それに異議を主張することはできない。「こんな仕事はやらない」というのは、法律に抵触する場合以外は、不可。

しかし、その一方で、顧客重視の売り方も大切。似合わないものばかりを買わせていたなら、いずれ得意先は離れていく。 顧客満足度を高めるための努力こそが、企業の存在意義。
このチーフは、「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 岩崎夏海」でも読んでみたらどうか。

職場のトラブルというものは、片方が100%正しいということは、まずない。
双方とも70~80%は正しいことを言っている=双方とも20~30%は悪い部分がある。
しかし、労働者も経営者も100%自分が正しいと思っているので、一歩も引かない。
のっぴきならない状況に立ち至る前に何とかしないと、解決がひじょうに難しくなる。

たいがい、つぶれるのは労働者側。退職してから、会社の仕打ちがひどいと主張しに来る相談者は多い。しかし、なぐさめることくらいしかできない。
両方とも正しいなら、相手の主張もくみ取る努力が必要。
とくに、顧客対応や仕事の仕方で双方の意見が対立したときはチャンスなのだ。
当事者は共通点を見失っている。双方とも、会社の利益のために主張しているのではないか。

ところで、こういった問題に対する解決策を考えた会社がある。

日暮里のI株式会社の例
I社は古くから衣料系の倉庫を営んできた。コンピュータによる在庫管理方式を開発し、「経営革新計画」の認定を求めた。 たまたま窓口にあたったのが私だ。ちなにみ、I社は、国のIT経営100選でも最優秀企業に選ばれた(2005年)。
衣料品が飛ぶように売れるのは、渋谷の有名店など、一等地にある店。たくさん売れるだけに、バックヤードは十分とっておきたいところ。 ところが当然、土地代が高いので、十分なスペースを確保すると、無駄が生じる。
そこで、I社は、販売店とストック用の倉庫、そして縫製現場を直結するコンピュータシステムを開発した。 販売店で売れた品とサイズが即時に倉庫に伝えられ、次の配送準備が進められる。 同時進行で縫製先の企業に情報が伝わり、生産が始まる。アパレル版のカンバン方式だ。これによって、販売店はストックヤードを最小限に抑えられる。
しかも、I社の優れたところは、倉庫を土地代の高い都心部に持たないこと。私たちが物流合理化の政策で失敗した点を、みごとにカバーしている。

顧客中心に販売方法を変えて成功した例もある。
銀座や新宿などの繁華街で、一流デパートは、エルメスやグッチなど、各ブランド会社に売り場を提供する。 これを「ハコ売り」と称する。そのほうが管理が楽だからだ。
そもそもデパートは、顧客に商品を売ることが本業。しかし、ハコ売りを続けた結果、いつの間にか創業の精神が薄れ、不動産屋になってしまった。
これに反し、ハコ売りを廃止して、いろいろなブランドを同じ売り場に展開し、従業員の目利きで顧客に提供するという方式をとったところがある。 大手のIデパートである。
売り場構成を変えるだけでなく、従業員教育も徹底してやった。だから、簡単にはまねできない。
由緒ある老舗デパートが売り上げを落とす中で、Iデパートだけがこれを維持したため、他の大手から提携を持ちかけられるようになった。

顧客の目線でものを見るというのは、大切だ。
私は、直近の仕事で、商工会議所や商工会の「経営指導」業務をサポートしていたのだが、「どういう風に経営指導ってやるのか」という話の中で、 こんな事例を聞いたことがある。

<ラーメン屋の半額セールの例>

あるラーメン屋があった。最近、お客の入りが減っている。何とか繋ぎ止めたい。
飲食店というのは、実のところ、粗利の多い商売である。だから、お客の回転率が良いと、お金の回りも良くなり、経営が順調に感じられる。 しかし、そういう仕組みだから、お客の足が遠のくと、すぐに資金難になってしまうところがある。

経営者は考えた。「お得意様向けサービスとして、700円のラーメンを、650円で提供しよう」

700円→650円に値下げ ラーメン値下げ案

この場合、ラーメン1杯700円。50円引きで売ると、650円。利益は当然50円減る。
だが、わずか50円安くなったって、顧客にとってありがたみは少ない。
そこで、経営指導員は、「次回、半額」というキャンペーンはどうかと提案する。

ラーメン半額案

ところで、このラーメン、原材料費は300円で、粗利が400円だったとしよう。
「次回半額」の券を得意客に渡す(券の印刷代は無視することとする)
となると、客は喜ぶ。「半額というのは、きっと出血大サービスに違いない!」
顧客は、原材料費を知らないのだ。
そして、2回食べに来てくれる。
※誤解を避けるために補足するが、粗利の比率が高いからといって、簡単に儲かったり、楽に稼いだりできる仕事とは限らない。

700円               350円(半額!) ラーメン次回半額案

確かに2杯目の利益は激減する。しかし、それでも50円は残る。
1杯目の粗利400円と2杯目の粗利50円を足すと、粗利は450円で、単純に1杯50円値引きしたよりも、利益は100円も多い。
それに、お客が増える。繁盛店だと評判になる。さらにお客が増える。資金が回る。経営が安定する。
そして、何よりも、半額のラーメンを食べたお客が喜ぶ。

このように、職場内で悩みが生じたとき、「顧客目線で考えたらどうだろう」という解決が、意外と有効なことがある。 続く→