平成維新と明治維新

平成維新が成功するには、まだ年月が必要だ。明治維新も長い年月を要した。平成維新の発端は大前研一の平成維新の会である。

大前研一の平成維新の会

平成維新の会は、平成4年11月25日発足。代表にはマッキンゼー・ジャパン会長で、経営コンサルタントの大前研一が就任した。会員は無党派サラリーマン層が中心で、「生活者主権の国」を掲げ、道州制・規制緩和などの新自由主義的政策を主張した。

平成維新の会は、これに賛同する国会議員を党派を超えて推薦・支持をした。平成5年の衆議院議員選挙では、既成政党の候補者のうち、同会の政策に賛同した108人を推薦。82人が当選した。しかし、平成7年夏に、参議院議員選挙・比例区から「政党」平成維新の会として大前研一ら10人を立候補させたが惨敗。、同年末で政治団体解散届を提出した。
外部リンク平成維新の会wiki。

外部リンク大前研一が書いた平成維新amazon

平成元年に出版されました。
世界における今後の日本の在り方、日本人の在り方を考える際には、 避けて通ることのできない本です。 日本が軌道を変えるべき時期に出版されたのですが、 政治が全くついてこれなかったことにより、本書の政策は無視され、 平成維新は見事に失敗しました。

日本維新の会

平成維新の会が消滅してから、17年後、日本維新の会が発足した。両者に直接の関係はないが、道州制・規制緩和などの政策に幾分かの共通性がある。
大前研一の平成維新の会が黒船だとすると、もうそろそろ、大きな改革が起きる時だ。
この数年、政治家が何をするのではなく、一人一人が何をするのかが重要である。

明治維新

1853年、ペリーの黒船。1866年、薩長連合。1868年、明治維新。
黒船の来航から明治維新まで15年かかっている。 外部リンク明治維新wiki。
大きな改革には数10年の月日がかかるのかもしれない。

明治維新のその後

明治4年、廃藩置県が行われた。廃藩置県は武士による土地支配のあり方を根本的に改革するものである。武士自らが武士の特権を廃した。
平成の改革でも、既得権・古い制度を見直し、新しい世の中となるか。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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