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仕事が忙しすぎると、仕事を減らす提案も出なくなる

(初出 2013.8.19 renewal 2019.9.20)

都庁の予算要求は、他県よりかなり早く始まる。
他県の場合、国からの補助金や交付金に依存する度合いが高い。 このため、国の方向が固まらないと、なかなか本格的な予算編成に入れない。

都庁だとそういう制約がないので、5月の連休明けになると、幹部クラスは「来年、どうするか?」といった話が始める(たぶん)。
とはいえ、7月に幹部職員の大幅な人事異動があるので、構想レベルの域を出ない。 勢いづくのは8月からだ。だから、運悪く新規事業などを担当させられると、夏季休暇など取れない。
こういった事情から、秋になっても「夏休み」が取得できるように制度変更された。

予算編成はその後も続き、11月後半になると、かなり固まるようだ(たぶん)。
なぜ、「たぶん」なのかというと、ヒラ職員にはその経過が見えないためであり、 実際に予算措置がされるかどうかがわかるのは12月。 最終的に確定するのは1月の15~20日くらいになる。
私たち古手職員は、予算内示が出る1月のこの日を、「地獄の釜が開く日」と呼んだ。

ところで、新しい事業が作られるとなると、かならず人手が必要になる。
人員の要求は、10月頃に動きだし、これも「たぶん」なのだが、11月末にはほぼ固まる。 そうでないと、新規採用の枠に影響するだろうから、逆算すると、そんな日程になる。
そして、人員が確定するのも、予算と同じで1月。

何を言いたいかというと、「予算要求作業中にに、人員が固まってしまう」、ということである。
予算は資料要求が来るので薄々わかるが、人員は最終決定まで、しもじもの者には、まったくわからない。
なぜかというと、事前にわかると騒ぎになるからだ。 「こんな人員じゃ、とても新規事業なんてできないよ~」ってぐあいに。

前にも書いたように、都庁は長年にわたって職員数を削ってきた。
その中で、新規事業も行う。 人員が付くはずがない。 どっかを削って、どっかを増やす。 それでも、差し引きするとマイナス。そういう厳しい年が続いた。
リストラというと気が引けるので、私たちは「ガラガラ・ポンする」と言っていた。

私たち事業部門は、「新しい仕事が増えそうなので、人を付けてほしい」とお願いする。
しかし、人事当局は「そんなこと、こっちの知った事じゃない。そもそも、本当にその予算が付くかどうか、わからないじゃないか」と、言う。
そのとおりだから、反論できない。


というのは前置きで、本題に入ろう。

「仕事は増えるが、人は付かない」という状況は、公共だろうが民間だろうが同じだろう。
しかし、毎年そういう事態が続くと、現場もだんだん悟ってくる。
職場が一定の弾性限界を超えてしまうと、もう、新しいことは考えようとしなくなる。
「ばかばかしくて、新しいことなんて考えられね~よ」って、雰囲気になる。
結果、新規事業の提案が出ない。

「それでも考えろ」と、上からは言われる。
最近の若手は、ものを考えることが苦手のようで、ある日突然、フッと出勤しなくなってそのまま、というケースが発生する。

やがて、「少ない人数で仕事をこなす工夫」すら、考えなくなる。
毎日、ただただ忙しい。しかし、その原因が何であるから、まったくわからない。 何とかしようと考えもしない。 だから、忙しさが解消されない。


一方、極限下で、なおかつ、志気を失わず、一段とやる気を示す人もいる。
私はそういう人を賞賛しない。異常だと思う。
日本は、先の戦争という大失敗をしている。おそらく、国全体のムードがそんな感じだったのではないか。
にもかかわらずだ。

この手の人は、自分の守備範囲を絶対的に守ろうとする。つまり、人のことはどうでもよくなる。
そして忘れることも早い。
罪の意識や、自己反省を感じなくてすむので、「行け行けどんどん」が、できるのだ。

でも、こういう人はたまにいる。
いや、よくいる。


さて、あなたがリストラ担当に任じられたとしよう。
会社を生き残らせるためには、従業員の半数を解雇しなくてはならない。 そのために、ありとあらゆる手段を使って、人員削減を行う。

まずは、新規採用を止める。人材派遣を入れ、アルバイトを雇う。このあたりまではよい。

次にリストラ候補者リストを作る。A・B・Cのランクに分け、面接時の質問に差をつける。
例えば、A:「君は会社に必要な人間だ。退職を希望しても、退職金の上乗せはしないよ」
B:「会社の状況は知っての通りだ。君も思い切って新天地を目指したらどうか」
C:「残念ながら君の業績は会社の期待に答えていない。このままだと、退職金も削減される。今のうちに退職した方が得だ。」
こういうことは、よくやられていたと言う。
面接を受けた従業員は、お互いに「どう聞かれたか」を情報交換できない。 疑心暗鬼になる。 このことが、さらに職場の志気を下げる。 それだけで、会社が傾く。

それでも退職しない人は、特別部門を設けて、そこに配転する。 これが、問題視されている「退職部屋」だ。 とはいえ、こういう部門を置く余裕があるのは、比較的恵まれている大企業で、中小企業はとてもそんなことはできない。

リストラが顕在化すると、取引先の会社も、あなたの企業の存続を疑い出す。
特に、会社の状況に詳しい経理担当者が退職したりすると、心配だ。
当然の成り行きとして、会社の業績は落ちる。 だから、もっと人間が必要でなくなる。さらに、リストラを強行しなければならなくなる。

こうなると雪崩のように従業員が退職し始める。希望退職者の札止めまで発生する。
さらに取引が減り。会社の業績は最悪となる。

ところで、リストラ担当のあなたはどうか、というと、最後まで残り。最後に解雇される。
その頃は、最初に退職した従業員の再就職が決まっている。

こういう話は、労働相談をやっていた時によく聞いた。 が、職務上知り得た秘密ではない。
当時、「得する退職の話」「ハローワーク利用法」のような本が書店で平積みになっていて、 あたかも退職するのがいいような風潮が作られていた。 そして、リストラが進むにつれて、今度は「ダメな従業員をクビにする方法」のような手ほどき本が、平積みになった。
「従業員を外部社員化すれば経営が良くなる」って本も出た。それって、明らかに違法行為の教唆だ。
そういうリストラ本に、こういう手法はたくさん載っている。

でも、結局、儲かったのは、その本の著者だけだろう。
たぶん、進んで退職した従業員も、リストラをどんどん進めた会社も、「失敗した」と感じている、と思う。

そんなに苦労して従業員を削減し、最終的に会社を潰すなら、最初から事業転換を図ったらどうなのか。
一般的に、会社業績のV字回復はそう難しいことではない、と言われている。 JRにしてもそうだし、日産もそうだ。不採算部門を切り離し、採算部門だけでやっていけば、回復する。 こんなことは小学生にだってわかる。

難しいのは、回復を継続させること。そのためには、知恵を働かせなくてはならない。
だれが、考えるのか、そりゃ従業員でしょ。
え、「みんな辞めさせちゃった」って?


労働相談をやっていた頃、私は、「退職したい」という相談者に対し、「絶対、自分から辞めると言ってはいけない」と諭してきた。
1度や2度ではない。何十回と、同じことを言った。とりわけ、勤務先が大企業の場合は、そうだった。

その私が、自分から進んで定年より5年も早く退職した。しかも、勤務先は東京都庁だ。
これが、今、最大の自己矛盾となっている。
「大嘘つき」と、言われてしまいそうだな・・・。