1723年の器楽作品
これまでカプリッチョとトリオソナタについて概説しましたが、それに今回取り上げる ZWV186~189 の4作品を加えたらゼレンカの器楽作品のほぼ全てを網羅したことになります。
今回の4作品はすべて1723年に作られたと考えられています。
この年にはオーストリア皇帝カール6世とその妻エリザベス・クリスティーナがボヘミア王、女王に即位するための戴冠式が執り行われました。
これを記念してゼレンカはクレメンティヌムからオリーブの木の下での和解:聖ヴァーツラフの音楽劇 ZWV175を依頼されて、これは実際に演奏されたことが分かっています。
今回取り上げる4作品も同じ年と言うこともあって、この式典用に作曲されたと考えるのがまあ自然でしょう。
ただ、この作品群が式典で演奏されたという記事はないため、具体的にどのような機会に演奏されたかは不明です。
そのためこれらの作品は実は式典用ではないのではないかという説もあります。プラハにはゼレンカの昔のパトロンであるハルティッヒ伯爵が住んでいますが、その伯爵邸で演奏されたのではないかというのです。
ゼレンカがプラハからドレスデンに移って10年以上経っています。たぶん出ていったときは単なる1楽団員でしかなかったはずです。それが今やドレスデンを代表する音楽家として戻ってきたわけです。ここで久々にプラハを訪れたこの機会に、昔の恩人のために何曲か作っても全然不思議はありません。
どういう機会に作られたにせよこれらはみんななかなかの、物によっては大変な傑作だと言って良いでしょう。
それにしても、カプリッチョ、トリオソナタ、そしてプラハ1723年の音楽、これでゼレンカの器楽作品のほぼ全てというのは、やっぱりあまりにも少ないですね。
そしてこれらを聴く度に「どうしてゼレンカはもっと器楽作品を作ってくれなかったんだ?」と考えてしまいます。こういったクラスの作品の、できればもっと簡単に演奏可能な物がもっとあればゼレンカの知名度はずいぶん違っていたでしょうに……
現在声楽曲と器楽曲では、器楽曲の方にダントツの人気があることを思えば、本当に残念というほかありません。こればっかりはいくら文句を言っても仕方ありませんが…… 編成:ob; fg; 2 vn; va; vc; b.c.;
この作品は当時最新式のいわゆるコンチェルト・グロッソです。特におもしろいのはそういう先進形式に関わらず、これは見事なまでにボヘミア的な、言い換えると田舎的な音楽だということでしょうか。
第1楽章はユニゾンでリトルネロを演奏して、その後各楽器が変奏していく、元気の良い音楽です。この方式はゼレンカが意外によく使う手法です。
これを聴いていると、もしかしてこれこそがゼレンカがロウノヴィツェで父親から教わった音楽の原風景なのでは……という気がしてきますがどうなんでしょうか? 編成:2 ob; fg; 2 vn; va; b.c.;
このサイトのタイトルともなっている、謎の題名の曲です。“Hipocondrie"という綴りは辞書を見ても載ってなくて、似た“Hypochondrie"となると「心気症」という精神医学用語となってまして、本当にゼレンカは何を考えてこういう題にしたのでしょうか?……ちなみにこのサイトのタイトルをなんでこれにしたかというと、単に勢いがあるから以上の理由はありません(^^;
曲は緩急緩のフランス風序曲形式をしています。最初のアダージョの部分は端麗な、しかしやっぱり複雑なリズムや転調が含まれています。
ちなみにこの作品は未完成かもしれないと推定されています。 編成:2 ob; fg; 2 vn; va; b.c.;
タイトルは序曲ですが、やっぱり組曲形式の音楽です。
第1曲はフランス風序曲で、ゆっくりした典型的な序奏から始まり、中間部はフーガ風のアレグロになります。 編成:2 ob; fg; 2 vn; va; vc; b.c.;
この曲はシンフォニアという題ですが、やっぱり組曲形式です(厳密に言うと2曲以降が舞曲かどうかはよく分かりませんが)
第1曲のアレグロは、ゼレンカの書いた協奏曲形式音楽の中でも1~2を争う名曲と言えるでしょう。
この辺の音楽形式の発展について詳しいわけではないので何とも言えませんが、後の宗教曲においてもゼレンカは全体を通しての構成をしっかりと考えて曲を作っています。
コンチェルト ト長調 ZWV186
第2楽章はファゴットから始まるひたすら美しい旋律が、様々な楽器に受け渡されていきます。そして極めつけの第3楽章は、もはやジプシー音楽競演会といった雰囲気を呈してきます。
少なくともこれは筆者が大変気に入っている作品です。
ヒポコンドリア イ長調 ZWV187
続くアレグロは複雑なリズムのフーガとなります。ゼレンカ的な佳曲と言えるでしょう。
序曲 ヘ長調 ZWV188
全般に端正で都会的な音楽ですが、でもやっぱりゼレンカで、最後の曲なんかは結構元気はつらつとしています。
シンフォニア イ短調 ZWV189
ただどうも他の物と違ってこの音楽、一見組曲風ですが、実はかなり全体構成を考えた作りになっているように思えます。
続くアンダンテは、美しい旋律で各楽器がかけあう音楽です。曲の雰囲気は教会ソナタの緩徐楽章みたいで、あまり舞曲的ではないような気がします。しかも明らかな経過句を挟んで次の「カプリッチョ」に移るところは、非組曲的でしょうか。
次いでピチカート上に美しい旋律がかけ合うアリア-アレグロの後も経過句を挟んでメヌエットが来ますが、この音楽は全体のコーダみたいな雰囲気を持っています。
同時代の作曲家と比べてゼレンカの作品が違う点として、こういった構成力がまず挙げられますが、これはそのささやかな例だと思います。