6つのトリオソナタ ZWV181
今回取り上げるのは6つのトリオソナタ ZWV181です。
この作品は現在、ゼレンカの作品の中では最も知名度があると言って良いでしょう。
作品の作曲年代はちょっと前までは1715~16年と推定されていましたが、最近では1720~21年といった線が主流になっているようです。
この時期はゼレンカがウィーン留学から帰ってきて、その成果を見せるため、また何年も勉強させてもらった事に対して感謝の意味もこめて、とにかくやる気満々だったと思われます。その雰囲気は曲そのものからひしひしと伝わってくるような気がします。
この作品が著名なのは作品そのものに力があることに加えて、ハインツ・ホリガーが地道に普及の努力をしてくれたことが非常に大きいでしょう。その甲斐もあってか、ホリガーの新盤はアマゾンコムのランキングでなんと1100位ぐらいに入っていました(笑)
というわけですのでここに来られるような方なら聴いてみた方も多いかと思いますが、いかがでしたでしょうか?
私が最初にこの曲を聴いた感想はなんか地味……ってことでした。オーボエ・ファゴットなどのダブルリード系楽器だけで構成されていて響きが渋すぎるし、旋律もなんかダサい……とか思ったもんです。
ところが普通そういった曲というのは、あっさりとラックの肥やしになる運命なのですが、なぜかまた取りだして聴いてしまうという不思議な習慣性があったりします。
最初のうちはこれはサブリミナル効果か?とかちょっと面食らったりしてたんですが、よく考えてみたらそんな大それた理由じゃありませんでした。
まず第一に音楽そのものがしっかりしていることが挙げられます。特にそこに含まれる対位法的な技の冴えというのは、それこそバッハにも比肩できる内容をもっているでしょう。いわば、さりげなく中身がきっちり詰まっている音楽なわけです。よく聴けば各パートの絡み合いなんか絶品というべきでしょう。
しかしそれ以上に問題だったのは、それまで私はバロック音楽というのはバッハとかヴィヴァルディみたいな音楽という先入観があったことでした。っていうか、今でもほとんど事実上そうなんですが……
で、このバッハやヴィヴァルディというのは非常に宮廷的とか都会的といった雰囲気があります。ところがそれに対してゼレンカの音楽は見事に田舎の風景がよく似合う雰囲気を持っているわけです。
要するにバッハみたいな音楽を期待してゼレンカを聴いたら、そりゃなんか合わないのは当然です。ロックを聴くつもりで演歌を聴いちゃったようなもんです。
それというのもゼレンカがボヘミアのバッハとかいったニックネームを持っているためで、これはゼレンカ普及のためにはまあ有効でしょうが、こういった勘違いの大元にもなるので注意が必要です。
ところでトリオソナタというと、2種類の高音楽器と通奏低音であわせてトリオらしいですが、この曲の特徴は、普通は十把一絡げ通奏低音に含められるファゴットが、ソロ楽器並に大活躍することです。実際ファゴット用のパート譜もあるので「カルテットソナタ」とでも言った方がいいのかも知れません(そんな言葉があるのかどうかは知りませんが)
このトリオソナタという楽曲形式ですが、各パートを複数のメンバーで演奏して、更にパート数をもっと増やすとこれはコンチェルトグロッソ(合奏協奏曲)になります。いわばトリオソナタというのはシンプルな協奏曲と言っていいでしょう。
協奏曲の神髄といえばやはり演奏者の芸を見せる部分に他なりません。この作品ではその精神が120%発揮されています。
ただゼレンカはドレスデンの当代随一の演奏家前提で、彼らが最大の芸を見せられるようにと努力したのでしょう。その結果これはやたらに難しいことでも有名です。
オーボエやファゴットの出せるほぼ全ての音域を出さねばならないわ、難しい音域でも平気でややこしいパッセージが出てくるわ、文字通りに息つく暇もない長大なフレーズが出てくるわで、技巧だけでなく強靱な体力が必要となるらしいです。
ハインツ・ホリガー先生の言葉によれば「これはバロックの実験音楽というべき物で、当時のあらゆる技巧が詰め込まれている」んだそうです。
ところでこの作品群は5番を除いて教会ソナタという形式で作られています。この形式は大ざっぱに言うと以下のような構成を持っています。
第1楽章 ゆっくりとした付点リズムが多用された音楽
第2楽章 速いフーガ的な楽章
第3楽章 ゆっくりとした経過的な楽章
第4楽章 速い舞曲的な楽章
この作品この構成の典型的な例になっているようです。 編成:2 ob; fg; b.c.;
この作品集は全作品を通して基本的な風景が共通しています。言い換えるとどの曲も雰囲気が似ているわけで、初めて聴いたときはどれがどの曲か区別がつかなかった記憶があります。ですからどれかが気に入ったら全部気にいることができるという大変優れた特徴があるわけです(その逆も言えるわけですが……)
それはそうとこの音楽からどういう景色が浮かぶでしょう?私の場合は活気あるイナカの村の風景なんですが、どんなもんでしょうか?
こういった要素がたぶん現在の聴衆の心を引きつける大きな要因となっているのだと思うのですが、その当時はどうだったのでしょうか?何かドレスデンの宮廷では受けなかったんじゃないかとつまらぬ心配をしてしまうのですが…… 編成:2 ob; fg; b.c.;
この作品はやはりなんと言っても第2楽章の旋律でしょう。 編成:ob; fg; vn; b.c.;
この作品だけはちょっと構成が変わっていてヴァイオリンが入ります。 編成:2 ob; fg; b.c.;
この作品はなんとなく哀愁を帯びた旋律美の緩徐楽章と、快活な急速楽章の対比が結構際だっていて、かなり気に入っています。
たぬきさんより頂いた第1楽章の譜例と第2楽章の譜例です。 編成:2 ob; fg; b.c.;
この作品はこれだけ構成が違って、最初の緩徐楽章がないような構成となっていますが、この作品集の代表とも言える名曲でしょう。
第一楽章ではいきなり野趣溢れるユニゾン主題から始まります。
ユニゾン主題が終わってまずソロを吹き出すのはファゴットだったりします。この作品は特にファゴットの独立性が高いようです。 編成:2 ob; fg; b.c.;
この作品は第3楽章がカプリッチョ イ短調 ZWV185から転用されています。
トリオソナタ #1 ヘ長調 ZWV181-1
旋律全般的に民族音楽風の響きがあります。また第4楽章の旋律のリズムは Dupák というチェコ舞曲のリズムだと言われます。
トリオソナタ #2 ト短調 ZWV181-2
これは私がゼレンカ旋律の中で最高に好きな物の一つなんですが、ある意味相当なイナカ旋律という気もします。これがまた二重フーガになっていたりして、一度聴いたら絶対忘れない系統の音楽と言えるでしょう。
トリオソナタ #3 変ロ長調 ZWV181-3
それが入ったからかどうかは分かりませんが、この作品は特に急速楽章は明るい村祭り的音楽となっています。もしかしたらこういった音楽がゼレンカが聴いて育った音楽なのかも知れません。
トリオソナタ #4 ト短調 ZWV181-4
特に第3楽章でファゴットの分散和音に乗って旋律が流れるところはなかなか印象的です。
トリオソナタ #5 ヘ長調 ZWV181-5
こういう旋律をここではゼレンカ節と称しておりますが、最初は少々ダサめに聞こえても、はまってしまうとこれが快感になってきてしまうという、ゼレンカ音楽の神髄と言っても良いでしょう……?
第2楽章は大変美しいゆったりとした音楽になります。第3楽章はシンコペーションの入った快活なテーマでかけ合いまくります。
トリオソナタ #6 ハ短調 ZWV181-6
この曲集の各曲の雰囲気が似ている関係で何となく他の曲の間で埋もれている感もありますが、何でもないところからいきなりファゴット高速パッセージが始まったりして、やっぱりただ物ではありません。