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マニフィカト

ルカ伝第一章で処女マリアの元に天使ガブリエルがやってきて、彼女がキリストを身ごもっていることを告げます。その時に彼女が歌ったとされる以下のような賛歌が有名なマニフィカトです。

MAGNIFICAT私の魂は主を崇め
(1)
Magnificat anima mea Dominum:私の魂は主を崇め
(2)
et exsultavit spiritus meus私の霊は喜び讚えます
in Deo salutari meo.救い主である神を
(3)
Quia respexit humilitatem ancillae suae:主はこの婢にさえ目を留めて下さったからです
ecce enim ex hoc beatam meいまから後私を幸いな者と言うでしょう
dicent omnes generationes.いつの世の人も
(4)
Quia fecit mihi magna qui potens est:力ある方が私に偉大なことをなさいましたから
et sanctum nomen eius.その御名は尊く
Et misericordia eiusその憐れみは
a progenie in progenies timentibus eum.代々かぎりなく主を畏れる者に及びます
(5)
Fecit potentiam in bracchio suo:主はその腕で力をふるい
dispersit superbos mente cordis sui.思い上がる者を打ち散らし
Deposuit potentes de sede,権力ある者をその座から引き降ろし
et exaltavit humiles.身分の低い者を高く上げ
(6)
Esurientes implevit bonis:飢えた人を良いもので満たし
et divites dimisit inanes.富める者を空腹のまま追い返されます
(7)
Suscepit Israel, puerum suum,そのしもべイスラエルを受け入れて
recordatus misericordiae suae.憐れみをお忘れになりません
(8)
Sicut locuts est ad patres nostros,私たちの先祖におっしゃったとおり
Abraham et semini eius in saecula.アブラハムとその子孫に対してとこしえに
(9) 以下はグロリア・パトリ
Gloria Patri et Filio et Spiritui Sancto.栄光は父と子と聖霊に
Sicut erat in principio et nunc et semperはじめのように今もいつも
et in saecula saeculorum.世々限りなく
(10)
Amenアーメン。

この賛歌は聖務日課の晩課において歌われるため、古来たくさんの曲が作られました。またルター派教会も晩課にマニフィカトを歌うので、バッハも傑作を残していることは有名です。

ゼレンカは3曲のマニフィカトを書いたことが知られています。しかしその内のイ短調のものZWV106は失われてしまったため、現在聴けるのはハ長調ZWV107とニ長調ZWV108の作品です。

この残された2曲はいずれも10分程度の長さです。この長さになったのは、晩課の中で歌われると言う前提があったからでしょう。晩課ではこれの他に5編くらいの詩編唱も歌われますので、晩課が長くなりすぎないようにするためにはこの程度の時間である必要があったわけです。

それはともかく、この2曲はいずれもゼレンカの特徴のよく出た傑作です。

“マニフィカト ハ長調 ZWV107

編成:solo S; ch SATB; 2 ob; 2 vn; 2 va; b.c.;

この作品は1727年頃作曲されたと推定されています。
この当時の宗教曲の作り方は、いわゆる「番号付き構成」というのが主流でした。これはテキストの各節に対して独立した短い音楽を割り当てていく方法です。
例えばバッハのマニフィカトはその典型で、詩が11の部分に分けられて、そのおのおのに独立した楽曲が付けられています。

それに対してゼレンカのこの作品は、そういう構成をとらずに通してリトルネロ形式を使ったほぼ1曲として作られています。

リトルネロ形式とはご存じの方も多いと思いますが簡単に説明すれば、これはバロック時代の合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)でよく使用された楽曲形式で ABACAD…A という形式です。
Aの部分が通常管弦楽の総奏(トゥッティ)で演奏され、楽曲中に何度も現れます。この部分をリトルネロといいます。B,C…の部分は通常独奏で演奏され、B,C…の部分は全部違った楽曲で数も決まっていません(この点でロンド形式と違います)
要はAの部分が楽曲全体を構成する骨格になるわけです。

この作品はもちろん声楽曲ですが、以下のように Magnificat anima mea Dominum (1) の部分の合唱がちょうどリトルネロの役割を担っています。この作品に限らず、ゼレンカは少し長めの曲を作るときは、こういう手法や、これをもう少し発展された手法(次のニ長調のところで説明)をよく使います。
1コーラス(リトルネロ)
2~3ソプラノソロ
1コーラス(リトルネロ)
4~5ソプラノソロ:主はその腕で~(5) から技巧的に盛り上がる
1コーラス(リトルネロ)
6~8ソプラノソロ:しみじみと歌い上げる
1コーラス(リトルネロ)
9ソプラノソロ:グロリア・パトリはまた最初の雰囲気で
1コーラス(リトルネロ)
10コーラス:アーメンフーガ

ゼレンカは各ソロの部分も、歌詞の意味にあわせて対照的な独唱を持ってきており、曲全体のバランスをよく考えて作っていることが分かります。

ちなみにBCJ盤(56)の解説ではI教授が「マリア自身が歌っているようだ」とおっしゃられております。
これは私も全く同意で、このマニフィカトの喜びに溢れたソプラノの歌は「受胎告知を聞たマリアの賛歌」という設定にまさにぴったりだと思います。

“マニフィカト ニ長調 ZWV108

編成:solo S; ch SATB; 2 tpt; timp; 2 ob; 2 fg; 2 vn; 2 va; b.c.;

この作品は1725年に作曲されました。
これはハ長調の物に比べて、祝典的な性格が前面に押し出されています。初稿には入っていませんでしたが、後にトランペットとティンパニが追加されました。

またこれはウィルヘルム・フリーデマン・バッハの写譜が存在していることで、バッハとのつながりも興味深いところです。

この曲は大きく3つの部分に分かれます。
最初の部分は以下のような構成になっています。
前奏1弾けるようなリズムの前奏
1コーラス:Magnificat の部分を歌う
前奏2前奏1と同様の雰囲気
2~4ソプラノソロ
5~6コーラス:複雑にからみあって盛り上げていく
後奏前奏の再現

この部分はまた前奏の部分、ソプラノソロ部分、合唱部分の3部に分けられます。ソプラノソロでハ長調版と同様にマリア様の歌が聴けます。
が、ここの聴きどころはやはり合唱に入ってからでしょうか。各パートが複雑に絡み合い、どんどん盛り上げていく様はいつ聴いてもほえ~っと感心してしまいます。

2~6節までのソプラノソロや合唱部では、詩節の区切り目で前奏が再現します。ただそのときハ長調マニフィカトのように前奏を全て演奏してしまうのではなく、その一部分だけがいろいろなやり方で現れます。
これも一種の協奏曲的書法と言えるかも知れません。こういうやり方もゼレンカは好んで使い、特に後期の作品ではそれが名人芸の域に達しています。

これに続く部分はアルト独唱と合唱が交替する穏やかな楽曲になります。最初のノーテンキな部分とは極めて対照的です。

そして最後のアーメンフーガが来て、祝典的な雰囲気で終曲します。
7アルトソロ
8合唱
9アルトソロ:グロリア・パトリの部分
9-2合唱:Sicut erat 以降
10アーメンフーガ

この曲は「ゼレンカが喜びを表現したい場合」の、かなり典型的な作品と言えるでしょう。この感情はエレミアの哀歌に見られるような悲しみの感情と共に、ゼレンカの作品に流れる感性の大きな柱となっています。

ところでこの曲の出だしを聴かれた方はどんな印象を持たれたでしょうか? はっきり言うならばかなりイモい!と思われたのではないでしょうか? 少なくとも私はそうでしたが。
ところが本編のなかでアルトソロや合唱とこの前奏部が組み合わされて来ると、これが妙にはまっていて気分がいいんですね。

考えてみればバッハのフーガなども、主題だけ聴いたら「何これ?」って思えるような物が多々あります。ところがその変な旋律がいざ他の声部と絡み始めたとたんに、全く違った輝きが発せられてきます。
こういう何ということはない、というよりダサいともいえる旋律にこのような輝きを与えられるところなど、ポリフォニー大家ゼレンカの面目躍如といったところでしょうか。


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