雅夫の書いた
高校1年生の時の登山の思い出

「これは、1冊しかないし、僕が高校に入る前の先輩たちが作ったものだから。」
先輩達の書いている事はもっともだが、みほに見せるわけにはいかない。
「こっちの去年作ったものなら、たくさんあるからいいよ。」
「雅夫君の書いたものもあるの。」
「モチロン。ダカラ、コッチノヲ アゲルカラ、ヨンデミテ。」
みほは04年度の部誌を手にした。
「雅夫君の目の前で読むのはやめておくわ。感想は後でメールする。」
ということで事無きを得た。

高校1年生の時の山の思い出 雅夫の書いた04年度部誌より

南アルプス

1年の夏休みに南アルプスに行った。
静岡県から入って、3000m近い山の稜線上を1週間かけて、山梨県にぬける計画である。
慣れない登山靴で、初日から、かかとにマメができた。
2日目、マメがこすれないように、かばいながら歩くが、それでも皮は破れる。
3日目になると、むき出しの肉がこすれる。
つらいのは朝の2時間。我慢して歩いていると、かかとの痛みに慣れ、段々感じなくなる。
5日目の夜、先輩達が次の日の行程を相談していた。2日分の行程を1日で行こうというのである。
ただただ怖かった、この時は。
さて、1年の友達は荷物が神経を圧迫したのか、手が肩から上に上がらなくなっていた。
6日目、2日分の行程なので、暗いうちに出発する。午後、木が全くない所で雷の音を聞くが、無事到着。
(長野の高校生が登山中に落雷に打たれ数人の生徒が亡くなるという事件があった。)
私のかかとのマメは肉が削れて、信じられない事に、クボミができている。
最終日は裸足で歩きたい気分であった。
家に帰ってみると、リンパ腺がはれていた。
新しい皮はなかなかできず、1ヶ月の夏休みの間中、サンダルで過ごした。
今でもそのあとが残っている。

丹沢

9月の末頃に回復したので、性懲りもなく丹沢にでかける。今度は1人。
(良い子はマネをしてはいけません。)
土曜の午後から出かけたので、泊まる予定の山小屋についた時は暗くなっていた。
ところが、その山小屋は閉まっていた。
土曜なら開いているだろうと、事前の確認を怠ったのだ。
さらに、小屋までは2時間ぐらいで着くからと、水を持っていなかった。
あたりには人は誰もいない。真っ暗な中、とりあえず次の日の昼食を食べてしまう。
ドラム缶に溜まっている水を飲んで一夜を明かそうかとも思ったが、
幸い(というか山では常識)懐中電灯は持っていたので次の山小屋まで行くことにする。
ちょっと歩くと、ドサッと前のめりに倒れてしまった。
体が冷えて両足が一度につったのだ。つりやすい体質は体力がついても変わらない。
ここは標高1300mだから、平地より気温が8度ぐらい低い。
本来なら、ここで引き返すべきなのだが、1年生の初心者はそんなこと、思いもしなかった。
次の山小屋も閉まっていたら、どうするつもりだったのだろうか。
この時は1時間ぐらい登った所の小屋が開いていて事無きを得た。つづく。

みほからのメール

「雅夫君の書いたもの読んだわ。危ない事はしないでね。」
実は4ヶ月後、雅夫は死と直面する。
みほが先輩の文章を読もうとした時はドキドキした。
明日はマラソン大会とみほの文化祭だ。早く寝よう。ワクワク。ソワソワ。
みほと会うからワクワク。ソワソワ。なのではない。
この時点で雅夫のみほへの思いは「好きか嫌いか」と聞かれれば、もちろん嫌いじゃないから「好きだ。」と答える程度。
あくまで、幼なじみの一人。
ワクワクのcauseコーズ(原因)は雅夫がマラソンが好きだからだ。
1年の春のマラソン100番、秋のマラソン30番、2年の春のマラソン10番。
そして、秋のマラソンなのだ。・・・だから、ソワソワ。

次初めてのデートの前の文化祭の日「雅夫のマラソン大会とみほの文化祭」8へ続く

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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