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いまだに続くゆがんだ歴史観教育

 2012年(平成24年)、富山県で行われた日教組の教育研究全国集会で、百人斬りを題材にした「平和学習」の教育実践が報告され、そこでは相も変わらず 「日本は中国に攻め入って、たくさんの中国人を殺しました」、 「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど勲章がもらえてたたえられるんです」、などと事実を歪曲する教育が平気で教え込まれたといいます。

 どの国であれ学校の教科書に自分の国の悪口を書くなど有り得ませんが、日教組に牛耳られた教育現場で生徒らは、時代錯誤の偏向教育を真に受け、 「中国人は日本からされたことを許せないと思う」、 「つらい過去と向き合い、立ち向かうことが償いだと思う」などの感想を述べさせられるという、 まるでどこかの国の反日教育のような授業が、現代でも平然と行われている事実には驚愕せざるをえません。

 平成元年(1989年)生まれの自分の娘でさえ、小学校では先生から音楽教科書の君が代の歌詞の部分に目隠しを強要され、 歌わず聴くことだけにしなさいと指示されたそうです。   日本は終戦から70年以上経つ現代においても、 日本人に罪悪感を刷り込んだ「WGIP」の影響がまだまだ消えず、 いまだに「悪しき反日教育」が行われているわけです。

 当時はまだ教育現場においても日の丸掲揚と君が代斉唱に対する反対運動が盛んでした。  このため、1999年(平成11年)になりやっと、 国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)が公布され、日の丸が正式に国旗として定められ、また「君が代」も正式に国歌となっています。  日本はギネスで 「世界で一番永く続いている国」とされていますが、国旗・国家が正式に定められたのは、つい最近の話なのです。

 今の日本の学校教育は「隣接諸国との友好親善に配慮すべき」という近隣諸国条項により 「歴史認識問題」と直結し、 日本の教科書に対し中韓による「外圧検定」がかかるという、他国では絶対あり得ない事態が起きています。  そのうえ、 現代にも続く日本悪者説によって、これからの日本を背負って立つ生徒達に、 祖国を全否定させる大ウソ偏向歴史を植えつけるという、 空恐ろしい状況にあります。  その結果、「デュープス日本人」が生み出され、 ありもしない歴史問題とやらまで噴出させ、 「謝罪一辺倒の国」へとなり果てています。    ChatGPTでさえ、「大誤報に基づいた歴史観」を正しい答えとして吐き出す現状があります。

 そのきっかけとなったのが、自民党、社会党、新党さきがけの3党連立内閣が成立し左巻き政党の党首が総理大臣の座につくという仰天の出来事でした。  その結果、 「日本を一方的に侵略国家とみなす」思想の首相がかけた 「村山談話の呪い」によって 日本は「いつまでも続く戦後処理問題」に悩まされ、 何度も謝罪を強いられる国となってしまったのです。

 しかし、先の戦争は決して日本がアジア地域を侵略し略奪した戦いではありません。  タイのククリット・プラモード元首相は、《....日本のおかげで、 アジアの諸国はすべて独立した。  今日東南アジアの諸国民が、 米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか.....。  (本当は戦争で感謝された日本 井上和彦) 》、 と大東亜戦争(太平洋戦争)における日本の功績を賞賛しています。

 ニューヨーク・タイムズ東京支局長ストークス氏は、『日本はアジアを独立に導いた「希望の光」。  「侵略」したのではなく「解放」し、独立に導いたのです。  アジア、アフリカ、北米、南米、豪州を侵略した西洋は謝罪していません。  なぜ日本だけが謝罪しなければいけないのか。   白人が有色人種を侵略するのは「文明化」で、 有色人種が白人を侵略するのが「犯罪」とはナンセンスです』、 として先の大戦で日本が果した役割を正当に評価してくれています。    浅はかな歴史認識は日本の国益を危うくするだけなのです。

 日本は先にアジアに軍事進攻し植民地化を行っていた欧米諸国に対し、 植民地支配からの解放を掲げ、「アジアの解放者」として彼らをアジアの地から追い出し、 白人支配を断ち切るという歴史的快挙を成し遂げた国なのです。   また、 戦争中にアジア各地に迷惑をかけたのは事実であり、 日本は謝罪し戦争の賠償金もキチンと払い、戦後処理はもう終わっています。(2017.12.2)

 1965年(昭和40年)6月22日、戦後の賠償問題、両国の外交関係の樹立などを取り決めた "日韓基本条約"が締結されましたが、戦後も1世紀になろうかという現在でも、 この正式に条約として結ばれた賠償について数多くの誤解と異説が横行しており、 《日本はきちんと賠償と補償をしていないのだから、 韓国はもっと請求する権利がある》という声が、いまだにあがる現状があります。(2024.3.3)


醜い部分だけをことさら強調する偏向教育

 どんな国であれ、その国の過去の歴史には美しい部分もあれば醜い部分もあり、 日本と韓国に横たわる歴史にも様々な紆余曲折がありました。    だからといって、どの国であれ自国の学校の教科書に自分の国の悪口を書く国はありません。   ところが、 信じ難いことに日本では自分の子供の教科書に、「日本及び日本人の「非」が山ほど書いてある(山本夏彦・オーイどこ行くの)」.......おかしな社会になっています。

 日本の学校教育では「大東亜戦争(太平洋戦争)」について、「日本が最初に攻撃を仕掛けた」、と教えています。  たしかに日本は外交上の暴挙とされる 「ハル・ノート」によって、 大国アメリカに無謀な戦いを挑まざるを得ない立場に追い込まれ 最初の一弾を撃たされたわけですが、その背後には、 日米分断を企てるソ連コミンテルン(共産主義組織)の思惑があったことが、 戦後に「ヴェノナ文書」によって明らかにされています。

 日本は米国の策略によって「死中活路を見出した戦いだった太平洋戦争」へと 突き進まざるを得ない立場に追い込まれたのであって、 好き好んで戦争への道へ突き進んでいったわけではありません。      敵将マッカーサーでさえ、当時の白人強国によるアジア諸国の植民地争奪戦が続いていた世界情勢の中、 「...日本が戦争に飛び込んでいった動機は、 大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった」と認めています。

 そもそも、本当に日本が侵略戦争を仕掛けたというなら、日本を非難する声が終戦直後から巻き起こっていたハズです。  ところが、 「日本悪玉論」は、戦後ずいぶん経ってから出てきた話であり、 さらに被害者のはずのアジアの指導者たちは、中韓以外皆 「アジアの解放者・日本に謝意を述べて」いるのです。     またアジア諸国から日本は最も好意的に見られています。    これらの視点が抜け落ちていると先の戦争の本当の姿は見えてきません。

 しかし、敗戦後の日本は、GHQの日本占領政策の一環として行われた、 「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつける戦後教育プログラム」、 により言論が厳しく統制され、謝罪一辺倒に追い込まれ、 日本国内においてはたとえその歴史認識が明白なウソであっても 「これまで政府関係文書には中国や韓国への反論・反発は一切書けなかった」という社会が長く続いてきました。

 そのため、中韓相手だと腰が引けてしまう政治家ばかり台頭し、 メディアの世界にも、田原総一朗氏のように、テレビ番組でこれから日本を背負って立つであろう新人政治家に対し、日本が戦争に至った経緯は日本に非があったか否か、 という「踏み絵」を迫り、「日本擁護論」を述べようものなら、血相変えて否定・批判する人物が居座る現状があります。

 しかし、いま反日新聞の急先鋒を務めている朝日新聞などは、「日本は戦争を起こした悪い国」という論調ですが、 先の大戦中「戦争することが正しい」などと、 まさに振り子のような極端から極端に走る紙面作りをやっていた新聞ですから、左巻きたちの主張は眉唾で受け止めておく程度が無難です。

 WGIPの「日本人に罪の意識を植え付け祖国に対する誇りを失わせる洗脳教育」によって、 「日本による植民地支配からの解放戦争」という側面は闇に葬られ、 「日本を絶対悪・中国朝鮮を絶対善」という観念が植え付けられた結果、政治家にも 一方的な反日歴史観を持つものが居座り、 先の戦争を偏った歴史観で捉えた挙句、 「安っぽい正義感で過去を総括」してしまう愚かなニンゲンを、大勢生み出しました。

 このような経緯を辿ってきた戦後の日本は、「先の戦争で日本が果たした役割」は全て抹殺され、 「厄介な反日教の信徒」たちによる、 「従軍慰安婦問題」や 「元徴用工問題」といった、 ウソで塗り固められた醜い部分だけがことさら強調される偏向教育が行われ、 それが戦後70年以上たった今でも続くというオソロシイ状況が続いています。   ゆがんだ歴史観を押し付ける教育現場の存在が、 「戦後処理問題がなかなか決着しない根本原因」 に繋がっているのです。(2017.12.2)


 

「イデオロギーの宣伝屋」と化した歴史学者

 『反日種族主義―日韓危機の根源』の著者・李栄薫(イ・ヨンフン)氏によれば、 韓国ではあらゆる嘘が作られ広がるとしています。    政治家は平気で嘘をつき、嘘の学問が嘘の歴史を作り、歴史学や社会学は嘘の温床と化し、 幼い時から嘘まみれ教育を受けてきた裁判官は当時の現実に無知のまま、何が嘘であるかなど弁別できず、 国の根幹を揺さぶるデタラメな判決を連発している、というわけです。

 日本にも、歴史学者でありながら「本当は何が起こったのか」などという根本的なことは一切追及せず、「日本は戦争を仕掛けた侵略国」という贖罪意識に凝り固まったまま、 「イデオロギーの宣伝屋」と化した人物が、インチキ歴史を捏造し、その影響から戦後も100年になろうかという今も、「先の戦争は全て日本が悪かった」 という偏向教育が行われている現状があります。

 その象徴ともいうべき有名な話があります。  朝鮮戦争(1950〜1953年休戦)は、北朝鮮軍が韓国に奇襲攻撃をかけたのは歴史の事実ですが、驚くべきことに、 日本近代史の最高権威であり、日本学術会議会員を務め、多くの弟子を育てた、一橋大学名誉教授の藤原彰氏は、1971年出版の『日本帝国主義』という本の中で、 「朝鮮戦争は韓国の侵略行為である」というデタラメを堂々と書いています。

 1970年には、ソ連の元首相フルシチョフの回想録で1949年と1950年に、北朝鮮の金日成首相がソ連を訪問し、当時のスターリン首相から武力統一の方針への支持を取り付けていたことが暴露されており、 日本以外の民主主義国家では「朝鮮戦争は北朝鮮の侵略行為である」のは常識でしたが、日本だけは「学会の権威」が唱える真逆な説が、堂々と大手を振っていたのです。  藤原氏には『南京大虐殺』などの著書がありますが、 この人物は「日本の戦争責任論」の開拓者という評価もあります。

 作家の井沢元彦氏は、元TBS報道局記者という経歴の持ち主ですが、読者からの「なぜ日本史を書くようになったのか」という質問に対し、 「デタラメな学者のインチキ歴史を正すため」と答えています。

 「イデオロギーの宣伝屋」と化した政治家やヒダリマキの学者たち、そして左翼系の新聞やメディアによって、真相が闇に葬られてきた事例のひとつに、「北朝鮮拉致事件」があります。     この事件は、1970年代後半から80年代前半にかけ、元北朝鮮工作員によって日本の海岸から若いカップルなどが無理やり連れ去られた事件です。  当時は日本のメディア全体に問題意識は広がりませんでしたが、 1987年に韓国の大韓航空機が爆破される事件があり、実行犯として韓国当局に逮捕された元北朝鮮工作員の金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚が、「北朝鮮で李恩恵(リ・ウネ)という日本人女性から日本語を習った」 と供述したことから、日本人が拉致され、北朝鮮で工作活動に利用されている疑いが浮かびました。

 日本政府は1988年、当時の梶山静六・国家公安委員長が国会での質問に対し「一連のアベック(カップル)行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます」と答弁。   91年から始まった日朝国交正常化交渉などの席で、拉致問題についても提起します。 97年3月には家族会が結成され、政府に救出を訴えました。 しかし、北朝鮮は「でっち上げだ」などとして全面否定を続けたのです。

 「イデオロギーの宣伝屋」たちは、最後まで北朝鮮側に立った主張をしていました。  女性初の衆院議長で日本社会党と社民党で党首を務めた土井たか子氏は、 北朝鮮による拉致を否定する趣旨の発言をしたり、北朝鮮はすばらしい国だと主張しています。   結局、2002年9月、 小泉純一郎首相が北朝鮮の平壌で初の日朝首脳会談に臨んだ際、金正日(キム・ジョンイル)総書記が拉致を認め、翌10月には蓮池薫さんや地村保志さんら5人が、 1978年の拉致から実に24年ぶりに帰国しています。(2024.4.12)


  

「韓国併合」の真相

 日本の戦後教育では、実際は併合だったにもかかわらず、 韓国を植民地支配したと教えられ、日本に併合された韓国(当時は朝鮮)は一方的被害者、という捉え方が一般的です。    たしかに日本は敗戦まで韓国を支配下に置いたのは歴史の事実ですが、ただし、日本は決して最初から韓国を支配しようしたわけではありません。

 当時の、白人列強諸国が弱小国や有色人種国を植民地支配する「弱肉強食」の世界情勢の中、 日本は朝鮮の近代化を進め、近代国家として自立させ、日本のよきパートナーとなる同盟を結ぼうと考え、 天皇の勅使を朝鮮に送り国交樹立の提案を行っていたのです。

 その後日本は「日清戦争」の勝利により、 シナの属国だった朝鮮を『大韓帝国』として成立させます。  しかし、 懸命に内政改革を進めようとする日本に対し、朝鮮守旧派は改革の妨害などで抵抗、 ロシアに接近していくようになり、極東アジアの混乱と危機がますます深まっていくようになります。      日本のアキレス腱ともいえる朝鮮半島における、このような剣呑な動きに対し、共産主義国家によるアジア侵攻を危惧していた当時の白人列強国も、 日本同様なんらかの対抗処置が求められていました。

 当時の白人列強国にとっても、日本が「朝鮮における指導的地位」を得て、 極東アジア地域の安定に寄与するのは、むしろ好ましかったのです。    その後、「極東アジアの安全保障」の必要に迫られた日本は、朝鮮の内政改革を進め、極東アジアの安定化を図ろうと、 国際法に則り列強諸国の承認を受け、「韓国を併合」することになったのです。

 このように、止むにやまれず韓国を統治した、という歴史的背景があったことは、日本人として理解しておくべきです。     イギリスの女流旅行作家、イザベラ女史は朝鮮に対する日本について、《....日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく、 朝鮮の保護者としての、自立の保証人としての役割を果たそうとしたのだと信じる.....》、と記(しる)しています。

 日本の韓国併合について、いまだに「韓国国民は地獄の苦しみを味わい」、「日本は悪者で韓国は被害者」 という話がまかり通っていますが、 一方で日本の統治の実態は、日本国民の血税を使い、 当時世界最貧国とまで言われていた、 朝鮮国内のインフラを整備するなど、韓国の近代化にも大いに貢献するものだったのは史実です。

 「日本の植民地時代に韓国が被った」とされる被害を全否定し、「日本統治時代は良かった」 と主張する韓国の常識派の李栄薫(イ・ヨンフン)氏は、 「韓国の近代化は(日本の尽力による)おんぶにダッコの無賃乗車で成し遂げられたもの」であり、 国の独立も「自力」で成し遂げたものではない、と韓国人には耳の痛い指摘をしています。(2017.12.2)

 韓国の名門・延世大学の教授・柳錫春(リュ・ソクチュン)氏は、学生たちに「発展が天から落ちてきたのでなければ、発展の歴史的ルーツがなければならないのに、朴正煕でもなく李承晩でもないというなら、 (日本による)植民地支配の時期にならざるを得ないのではないでしょうか」、と問いかけ、これまで反日史観一本やりで育ってきた学生に 「植民地時代」を再評価する余地を与えています。(2022.5.30)


「歴史認識問題」は「歴史教科書問題」

 これまでも、日本と中国・韓国の歴史認識の違いについては、しばしば外交問題となってきました。  日本を、中韓が自国とは歴史認識が違う、と批判することは「歴史認識問題」と呼ばれ、 これは歴史教科書問題と連動しています。       これはなにも先の大東亜戦争(太平洋戦争)の影響と言うわけではなく、 例えば日中間の歴史教科書問題は、大戦以前にも存在しています。

 戦前の日本は、中国の教科書が排日思想を煽(あお)っているとして再三訂正申入れを行っていました。   1914年(大正3年)9月には、東京日日新聞(現・毎日新聞)が 「支那政府に厳談せよ」という記事で、 中国の反日的な教科書に対する抗議を主張して外交問題になっています。  昔の日本は毅然としていたのです。

 ところが、敗戦後の日本は、 醜い部分だけをことさら強調する偏向教育によって、 現在では自分の国の子供の教科書に、「日本及び日本人の『非』が山ほど書いてある(山本夏彦・オーイどこ行くの)」おかしな社会になっています。    また、自国の教科書を自虐史観一色に染めようとする勢力は後を絶ちません

 1962年、家永三郎氏らが執筆した高等学校教科書『新日本史』(三省堂)が、教科用図書検定で不合格とされます。   家永氏は「教科用図書検定は検閲に当たり、憲法違反である」として裁判を起こしますが、日本国憲法下において教科用図書検定は制度として合憲・適法とされ、 この判決は現代社会における教育裁判でも参考にされています。

 2001年には、「新しい歴史教科書をつくる会」によって執筆された中学校社会科の歴史教科書『新しい歴史教科書』(扶桑社)に対し、大江健三郎氏らは、 「従軍慰安婦」、「燼滅作戦」、「731部隊」などへの言及が激減し、 日本の朝鮮植民地支配や中国侵略を正当化している、という主張をしています。   中韓以外に「日本及び日本人の『非』」を山ほど盛り込みたい日本人もまだまだ大勢いるのです。

 「従軍慰安婦」は結局、朝日新聞が慰安婦報道の誤報をやっと認め、 2014年(平成26年)9月、当時の木村伊量(ただかず)社長が記者会見で、過去の一連の慰安婦報道について 「事実を旨とする報道であるべきでした。  誤った報道と謝罪が遅れたことに、おわび申し上げます」、と従軍慰安婦に関する一連の報道は全て虚偽であることを認め正式に謝罪していますが、 大江健三郎氏らはこれについてどんな感想をお持ちなのか、ゼヒ知りたいものです。

 中韓があからさまに日本批判の声をあげるようになったきっかけの一つに、1982年・文部省が教科書検定で「華北へ侵略」を「華北に進出」に変えさせた、 とする『教科書誤報事件(第一教科書問題)』があります。   これは昭和時代前期の日本史教科書の記述について文部省(現在の文部科学省)の検定で「華北へ『進出』」という表現に書き改めさせられた、という日本テレビの取材をもとに各社が報じたものですが、 全くの誤報だったのです。(2017.12.2)


近隣諸国条項の呪縛に陥った日本

 この『教科書誤報事件』をきっかけに、「歴史教科書改ざんキャンペーン」が展開され、 中国ベッタリの朝日新聞はじめ日本国内のヒダリマキ勢力がにわかに蠢き出し、 「『戦前』復権へ」とか「『侵略』表現薄める」、といった調子で騒ぎだすようになっていくのです。   このように、歴史教科書問題は国内の反日勢力を介し、歴史認識問題と連動してしばしば中国・韓国との外交問題となってきました。

 「教科書誤報事件」では日本側も当初は弱腰一辺倒でなく、小川平二文部大臣が「外交問題といっても、内政問題である」、松野幸泰国土庁長官も、 「韓国の歴史教科書にも誤りがある」、「日韓併合でも、韓国は日本が侵略したことになっているようだが、 韓国の当時の国内情勢などもあり、どちらが正しいかわからない」と反論しています。  現在の軟弱政治家に彼らの『爪の垢を煎じて飲ませたい』ものです。

 ただ、当時の内閣官房長官が宮沢喜一だったのは日本の不幸でした。  この全く気概のない政治家は、中国・韓国から激しい抗議を受け外交問題となった1982年(昭和57年)8月26日、 中韓の剣幕に恐れをなし、火消しのため、中韓の批判に十分に耳を傾け、政府の責任において是正する、 という談話を発表します。   しかし、中韓は納得せず、ここぞとばかり責め立てます。

 結局、根負けした日本政府は、小川文相が「隣接諸国との友好親善に配慮すべき」と表明したことで、 中国政府からは「今後採られる具体的行動及びその効果を更に見守ってゆく」とすごまれ、 韓国政府も「日本政府の努力を多とする」と回答して、外交的には一旦収束します。  これで日本は完全に足元を見られたわけです。

 そしていまや、日本の教科書検定に際しては「アジアの近隣諸国に配慮する」と明記した近隣諸国条項へと発展してしまいました。   これにより、日本の教科書に対し中韓による「外圧検定」がかかるという、他国では絶対あり得ない事態が起きてしまったのです。  そもそも記事は誤報だったというのに、 日本政府はトンデモナイ弱腰ぶりをさらけ出したのです。

 1987年には、「日本を守る国民会議」(現・日本会議)刊の高校用教科書(新編日本史)を、中国が批判するという第二次教科書問題が起きます。  この教科書は 「皇室への敬意を育む」、「神話を通して建国を理解させる」などの方針に基いて編纂されていましたが、これを例によって中国が 「天皇の人間宣言を掲載していない」、などと難癖をつけてきたのです。   これに中曽根康弘首相が文部省に検討を要請し、異例の再審議が行われる事態となります。

 結局、この教科書は検定に合格したものの、朝日新聞の批判記事などで「悪質な妨害」を受け(神社新報)、ごく一部の学校でしか採用されていません。  これ以降、 1990年代から2000年代にかけて、「中国・韓国の主張を記述する過度な配慮がある教科書が目立ち、 中国・韓国が外交問題にする可能性がある部分には検定意見は付けない、というように近隣諸国条項が呪縛になっている(産経新聞)」事態が続いています。(2017.12.2)


近隣諸国条項という内政干渉をいつまで許すのか

 このように、日本の教科書でありながら、常に中韓から横やりが入るという、あまりにもバカバカしい事態が、21世紀の今でも続き、 学校教育においてはいまだに、日本人の愛国心を阻害する思想教育が行われています。   その結果、 日本国内に厄介な「反日教」の信徒たち(デュープス)が蔓延る現状があります。

 市民活動家や韓国の執拗な抗議に根負けし、結果として日本側が「譲歩してしまう」パターンは、 独断で日本軍による「慰安婦強制連行」を認めてしまった河野洋平にも言えます。     戦後の政治家たちは、このような驚くべき弱腰タイプが大勢いたのです。

 それにしても、日本はいつまで近隣諸国条項に基づいた内政干渉を許しているのでしょう。  中韓は日本に干渉しても他国の教科書に文句はつけません。  なぜなら、 抗議したとて相手が教科書修正をするはずもなく、抗議は内政干渉と言われ相手にされないことなど分かっているのです。  しかも、韓国は日本の教科書には散々文句をつけてきますが、 自国の教科書には北朝鮮の金一族の独裁世襲批判は載せず、日本の統治時代が韓国(朝鮮半島)の近代化に寄与した面があったことなど絶対に書きません。

 米スタンフォード大学アジア太平洋研究センターによる日中韓米台の歴史教科書比較研究では、「日本の教科書は戦争を賛美せず、最も抑制的」、 「非常に平板なスタイルでの事実の羅列であり、感情的なものがない」と最も評価しているといいます。(Wikipedia)

 逆に、韓国の歴史教科書については、「韓国は日本が自国以外に行った行為には興味はなく、 日本が自分たちに行ったことだけに関心がある。」とし、自己中心的にしか歴史を見ていないと指摘しています。    また、中国の歴史教科書は 「共産党のイデオロギーに満ちており、非常に政治化されている。」と全面的な批判がされています。(2022.5.14)


教科書選定を巡る現状

 以前から教科書選定を巡る疑惑は様々ありました。  2015年(平成27年)、三省堂や東京書籍、教育出版、光村図書など12社の教科書会社が、検定中の教科書を教員・校長・教育委員会に見せて意見を聞き、 4000人ほどに数千円から5万円の金品を謝礼を渡していたことが判明しています。

 再発防止策として教科書発行各社で組織する教科書協会は、検定・採択に関する新たな業界のルール、「検定や選定期間中の教科書に対する意見を聞き、謝礼を渡してはならない」、 とする「教科書発行者行動規範」を文部科学省に提出しています。

 しかし、それ以降も不祥事は続きます。 大阪府藤井寺市では元校長が市の教科書選定委員だった2020年、同社の教科書が採用されるよう便宜を図った見返りに、 同社から現金を受け取るなどしたとして府警に書類送検され、2022年に在宅起訴されていますが、教員と教科書会社による癒着の常態化が明らかになるのは異例だといいます。

 日本の教育制度については、占領行政の置き土産とも言うべき教育委員会制度、 さらに教職員団体の過度な政治関与があり、長年正常化を阻んでいる、という指摘がされてきました。 また、 歴史認識をめぐっては、近隣諸国の内政干渉を許す条項を検定制度に持ち込んだり、 国内の反日的な勢力の言論が、教科書採択現場まで影響を与えているなど、異常な事態がなお解消されていません。

 日本の教科書採択システムについては、文部科学省の通達によって、公立学校で使用する教科書を決定する権限は、その学校を設置する市町村や都道府県の教育委員会にあり、 また、国・私立学校で使用される教科書の採択の権限は校長にあります。 しかし、文部科学省からの「白表紙本は外部に流出してはいけない」といった厳重注意の通達は、 机上の空論となっている事態が続いています。

 諸外国においては国家が関与するような教科書検定は無く、それぞれの地区の教育委員会が独自に教科書を採用しているとされますが、日本の場合、日本政府の立場が反映される部分は大きいわけです。

 例えば歴史の教科書には過去、現在の正しい知識を盛り込むのが理想ではありますが、どの国であれ自国の非を教科書に正直に載せる所はないはずで、 主観が入りすぎると偏った見方ができてしまう、という難しい現実があります。

 いずれにせよ、次世代を担う子どもたちに、良質な教科書を手渡すため、 従来の戦勝国に押し付けられた自虐史一辺倒の歴史教育に一刻も早くピリオドをうち、 「伝統と文化を尊重し、国、郷土を愛する」子供たちを育成する教科書作りが急務です。(2022.1.5 gooニュース 引用)


韓国の「我々は哀れな被害者」という言い訳

 物事にはそれなりの「経緯(いきさつ)」というものがあります。  「強い民族が弱い民族を征服するのが当然」 という時代において、日本が戦争への道を進まざるを得なかったのは、 決して「欲張った拡張政策を取る意図ではなく、 自ら生き残るため 戦わなければならなかった、と言う時代背景があったのです。

 植民地支配の嵐が吹き荒れた弱肉強食の恐ろしい時代、 韓国は「弱小国は否応なく強国の支配下におかれた当時の植民地化問題」を追究する姿勢はまったく欠落したまま、 『自分達の不甲斐無さで日本に統治された歴史を、 自民族に固有にふりかかった災難という観点』だけでとらえています。

 韓国は前近代的な身分制度に胡坐をかいたまま、 自国を自力で守れなかった歴史を 「日本は悪者で韓国は被害者」というベールで覆い隠し、 「我々は哀れな被害者」を武器に、「未熟な子どもの喧嘩」で日本に責任転嫁したまま挑み続けるやり方を、いまだに常套手段にしているのです。

 しかし、当時の世界情勢においては、韓国や中国のように近代化に乗り遅れ、白人列強に手も足も出せなかった国は、否応なく強国の植民地支配を受けたのです。    中国でさえイギリスにより麻薬中毒だらけの国とされています。   そんな時代に日本だけが唯一 「植民地支配を受けず」、西欧列強によるアジア植民地支配に歯止めをかけるべく孤軍奮闘したのです。

 日本が韓国(当時は朝鮮)を併合したのも、 当初日本は極東アジア地域の安全保障体制強化のため朝鮮を良きパートナーとすべく努力したが、 朝鮮国のあまりの政治腐敗の酷さと、 ロシアへわざわざ擦り寄る無秩序ぶりに手を焼き、 やがて朝鮮の無軌道ぶりを安全保障上の重大な危機と捉えた日本は、米英ら国際社会から承認を受け、 止むに止まれず「韓国併合」という手段を取らざるを得なかったという事情もあった、 という歴史は知っておくべきです。

 そもそも日本は韓国を「植民地支配」などしていません。  あくまで日本民族の一員として、 当時世界最貧国といわれた朝鮮に日本国民の血税を投下して 近代化への道筋をつけてやった国なのです。    韓国は日本を批判ばかりせず、過去自分達がとってきた行動が正しかったかどうか、 韓国こそ歴史を直視すべきなのです。

 ストークス氏が主張する、『...日本は欧米の植民地を占領し、日本の将兵が宣教師のような使命感に駆られて、アジア諸民族を独立へ導いた。    アジア諸国は日本によって白人支配から独立した。  西洋人は世界史を見直すべきです。』、という歴史の側面があったことは日本人は是非知っておくべきです。

 いまだに世界中で中国・韓国と一部の反日だけが、 「日本は戦争を起こした悪い国」などというタワ言で、日本を非難することを止めようとしませんが、どんな国同士であっても長い歴史をたどれば「互いにスネに傷がある」もので、 その部分に拘ったまま関係を築こうとすれば、ギクシャクするのは当然です。

 ところが、日本がやむに已まれず支配した韓国は 日本統治を災難という観点でしか見ず、 『日本が災難をもたらした』という一方的被害者意識から一歩も抜け出せず、 「未熟な子どもの喧嘩」で日本に挑み続けることを止めようとせず、 いまや『日本たたき』が国策の国となっているのです。(2017.12.2)


明らかになってきた捏造話

 先の授業の題材となった「百人斬り競争」は、「従軍慰安婦問題」や 「南京事件」などと同様、 そのような事実を証明する証拠は一切見つかっていません。    あの朝日新聞でさえ従軍慰安婦問題は捏造だったと過ちを認め正式に謝罪しているのです。   にもかかわらず、反日思想に染まったマスコミ人や日教組らによってこの記事がいまだに日本タタキの材料にされているのが現状です。

 「百人斬り競争」という話は、発行元の毎日新聞でさえ平成元年に発行した「昭和史全記録」で、「この記事の百人斬りは事実無根だった」、と かつての自社報道を完全否定しています。

 「従軍慰安婦問題」にしても、朝日新聞が2014年8月にやっと、『虚偽だと判断し、記事を取り消します。  当時、虚偽の証言を見抜けませんでした』、 と正式に謝罪しています。   ところが現代の学校教育の場において、いまだにこれらのウソが平気で教え込まれているという現状は、もはや狂っているとしか思えません。     戦後のGHQによる「日本悪玉論」洗脳教育が、いまだに日本を支配しているわけです。

 植民地支配からの解放と言う人類史に残る偉業を成し遂げた日本と違い、大戦中の中韓は欧米列強に一切逆らえず牛耳られていた国です。  ところが、 そんな何もできなかった中韓だけが、戦後何十年経とうが 日本に文句をつけることを止めないのです。     しかし、過去に戻ることは出来ない相談である以上、どちらが正しかった、などという部分にいつまでもこだわって、 韓国のように「未熟な子どもの喧嘩」で日本に挑み続けても仕方ありません。

 先の戦争における日本の働きに対しては、戦後日本を訪れたインドネシア情報相ブン・トモ氏のように、『....独立戦争を日本だけに担当させ誠に申し訳なかった......』、 と日本政府に謝意を述べる国もあることは知っておくべきです。

 反日思想に染まった教育者たちによる、ウソで塗り方練られた話が、「事実」と認識され教科書にそのまま採用されてしまう現状では、 ウソを教える教師も、教えられた生徒も被害者になるだけです。   偏向教育が堂々と行われ、ゆがんだ歴史観が押し付けられる教育現場は、一刻も早く改善されるべきです。(2017.12.2)


  

一刻も早く見直すべき「科書選定システム」

 日本社会では、学校教育現場において、いまだに歴史偏向教育が堂々と行われています。  学校で使用する小中教科書採択は、国立と私立は校長、 道府県立と市区町村立は教育委員会の教育長と数人の教育委員が、協議や採決で原則4年ごとに決定するシステムとなっています。

 2020年、来年度から中学校で4年間使用される歴史・公民の教科書採択で、 育鵬(いくほう)社版を使っている全国23市町村のうち、全国最大の採択区である横浜市のほか、 大阪市や松山市など大規模自治体も含む14市町村が他社版に切り替えられました。

 育鵬社版は、いわゆる「日本の歴史への愛情をはぐくむ」ことを目的とする教科書とされており、 以前から一部の反日市民団体や教員などが批判を繰り返していたとされます。   今回も各地の反対派がウェブサイトで育鵬社版に「戦争賛美」などと事実無根のレッテルを貼り、ひな型となる文面を掲載した上で、 教委事務局に電話やファクスで、採択反対を求めるよう呼びかけたといます。

 元教育委員や専門家は、そうした反対派による組織的な不採択運動や、批判を恐れて無難な判断に流れがちな採択の実態が、 今回の“育鵬社離れ”の背景にあると指摘しています。

 また、日本の歴史をことさら悪く描く自虐史観を排することを目的とする「新しい歴史教科書をつくる会」 が主導した自由社の歴史教科書が、今年3月に結果が公表された中学校の教科書検定で、 規定の割合を超える数の検定意見が付き、不合格となっています。 日本を正しく評価しようとする教科書は、 次々に歴史の闇に葬り去られようとしているわけです。

 過去3回連続で育鵬社版を選んできた神奈川県においても、今回は横浜市と藤沢市が不採択となりましたが、 尖閣諸島が中国公船の脅威にさらされている沖縄県石垣市(与那国町と共同採択)や、石川県金沢市、加賀市、小松市、栃木県大田原市、山口県岩国市は同社版を採択しています。

 教科書選択については、調査員として選ばれた教員による調査結果を基に、校長や教員、教委関係者、保護者、学識経験者らによる教科書選定審議会で答申をまとめ、 それをベースに教育委員が可否を検討するケースがほとんどであり、 教育委員が現場の意向を追認する傾向が強いとも指摘されています。

 実際、横浜市のある教育委員は、「この数日、携帯電話が頻繁に鳴り響き、非通知の連絡もきた。 自宅に封書なども届いた。責任ある判断をする上で、冷静な判断ができる環境を維持したい」と、 使用する教科書を決める採決を前に、外部から激しい働きかけを受ける実態を証言しており、無記名による投票を求めています。

 教科書採択に詳しい同市議会関係者は「今回の採択で育鵬社版の推進派は積極的に活動しておらず、 少なくとも大半の働きかけは反対派によるものだったのではないか」と推測しています。

 いずれにせよ、一国の歴史教育が、戦後の反日教育で「日本は戦争を起こした悪い国」という戦勝国側が日本人に刷り込んだ自虐反日教育をアタマから信じこむ、 洗脳された一部の反日教徒たちの反対運動に左右されている、というのが実情なのです。

 それに付随し、教科書採択を判断する側でありながら、彼らの批判を恐れる信念のカケラもないお飾りの首長や教育長らの、「事なかれ主義」も相まって、 21世紀の現代においても一部の反日勢力により教科書採択の中立性や公正性が脅かされるという、 不条理な出来事が堂々とまかり通る事態に陥っているのが日本の教育界の実態なのです。

 文部科学省は今年3月、採択が外部からの働きかけに左右されることなく、静謐(せいひつ)な環境で行われるよう求める通知を全国に出しますが、 反対派が教育委員の名前を並べ、個人宛てに手紙などを出すよう促すサイトもみられる現在の教科書選定システムを、国が根本的に見直さない限り、 教科書偏向はまだまだ続くことでしょう。(2020.9.13  THE SANKEI NEWS引用)


  

文科省、「従軍慰安婦記述・問題なし」と回答

 2021年2月、文科省は「検定意見を付す必要はないと教科書検定調査審議会で判断された」として、「勧告することは考えていない」と「新しい歴史教科書をつくる会」に回答します。

 問題が指摘されている山川出版社の教科書は、「戦時体制下の植民地・占領地」の見出しを掲げた本文で、「多くの朝鮮人や中国人が日本に徴用され、鉱山や工場などで過酷な条件の下での労働を強いられた」と記載。    同じページにある注釈では、「戦地に設けられた『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)」と記載しています。

 この記述が、強制連行を否定した政府見解に反するとの指摘に対し、文科省は回答で「軍や官憲による強制的な連行があったとは記述されていない」と反論。    本文で「労働を強いられた」などの表現を使っていても、注釈で「必ずしも同様の強制性を示しているとは言えない」としています。

 つくる会側は、「強制連行があったと直接の記述はないと言うが、従軍慰安婦と不可分の言葉であって詭弁(きべん)だ。 それに本文と注釈をつなげて読むかどうかは読者が決めることで、 それこそ誤解を与える恐れがあるのではないか」、と批判しています。(2021.2.23 産経ニュース 引用)。

 
 

後を絶たない、教科書の「従軍慰安婦」記述

 日本の中学校歴史教科書の「従軍慰安婦」の記述をめぐっては、「いわゆる従軍慰安婦」という表現が登場した2005年の、 河野洋平官房長官談話以降、2007年度検定で全社が取り上げたものの、 呼称に対する疑問や生徒の発達段階に配慮していないとの批判が噴出し、2016年度検定からしばらくは出版全社が慰安婦そのものを扱わなくなっていました。

 文科省の教科書の記述基準には、「閣議決定などで示された政府の統一的な見解」か、「最高裁の判例」に基づくこと、が求められています。  文科省によると、 河野談話以外で近年、政府が「従軍慰安婦」の表現を使う事例はないといいます。   さらに、日本政府はこれまで、「従軍慰安婦」について「(調査で)強制連行を直接指示するような記述も見当たらなかった」 とする見解を示してきました。

 最高裁においても、2020年11月、「従軍慰安婦」記事は「捏(ねつ)造(ぞう)」と指摘した、ジャーナリストの櫻井よしこ氏に対し、執筆者の元朝日新聞記者が損害賠償を求め訴訟していた裁判で、 元記者側の敗訴が確定しています。

 日本政府も最高裁も「従軍慰安婦」は事実無根としているのですから、本来であれば「従軍慰安婦」という表現は教科書に載せられないはずです。  ところが、 今回、山川出版の歴史教科書が、河野談話と同様「いわゆる従軍慰安婦」と記述したわけで、明らかに政府の記述基準に違反しているのです。  このように、完全に捏造と確認されているにも関わらず、 いまだに中学校歴史教科書の一部に「従軍慰安婦」などと記述する事態が後を絶ちません。

  「新しい歴史教科書をつくる会」(高池勝彦会長)は、こうした状況を踏まえ、「(記述は)政府見解と最高裁判例の見地から極めて不当だ」、 「従軍慰安婦という言葉自体が(強制連行などの)観念と一体になっている。 こういう用語は教科書にふさわしくない」、 として出版社側に記述削除を勧告するよう求める要望書を萩生田光一文部科学相あてに提出します。

 同様に「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)も、軍属として勤務した慰安婦は確認されておらず、 「従軍」の用語を使うのは不適切であり、「(裏付けのない)強制連行というイメージと深く結びついて使われる」、としています。

 しかし、いまや朝日新聞によって捏造話が世界中に拡散されてしまい、取り返しのつかない日本悪玉説が外国の教科書にまで載っているのです。  友好国アメリカの教科書は慰安婦問題について

「....日本軍は14歳から20歳にいたる20万の女を強制的に徴用し、銃剣をつきつけて慰安所と呼ばれる軍隊用の女郎屋で無理矢理に働かせた。  日本軍は女たちを天皇陛下の贈物として提供した。    逃げようとした者、性病に罹(かか)った者は日本兵によって殺された。  敗戦の際にこの件を隠すために日本兵は多数の慰安婦を虐殺した....」(マグロウヒル歴史教科書・ジーグラー氏執筆)、

という誇張と歪曲まみれのトンデモない内容の教科書が使われているといいます。  あまりにひどい内容に日本側が訂正申込みをしても、応じるどころか、逆に北米の歴史学会員が教科書擁護の声明を出したといいます。(THE SANKEI NEWS)

 「慰安婦」はたしかに存在していましたが、「従軍慰安婦」などという、いかにも軍と関係があったかのような根も葉もない日本貶め捏造話が完全に消えるまで、はたしてこの先何十年必要とされるのでしょうか。(2020.12.19 産経ニュース 引用)。

  

「日本悪者説」一辺倒だった戦後の歴史教育

 当時の日本は、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)11月5日、日本の力により独立を果たしたアジア諸国の国政最高責任者を招請し、近代史上初めて有色人種のみが参加する 首脳会議を開催し、米列強国による抑圧からアジアを解放し、人種差別撤廃と資源解放、 民族の共存共栄を主導する平和志向国家だったのです。

 大戦中の日本の行動を全て正当化するわけではありませんが、現代と平和な時代と違い、世界中に植民地支配の嵐が吹き荒れる当時は当時なりの事情があり、致し方ない面もあったのです。     日本だけが侵略戦争を行ったわけではないのです。

 太平洋戦争は最初に日本が攻撃を仕掛けた、としか我々は教えられていません。  しかし、日本を戦争に引きずり込むため 日本に最初の一弾を撃たせたアメリカの謀略があった、という史実も理解しておく必要があります。

 学校教育では日本を利する真実は一切教えらず、悪いことばかりが書かれています。  戦後の歴史教育は日本軍の残虐行為は委細もらさず取り上げるのに、 外国軍隊の残虐性については一切触れません。  しかし、どんな国であれ清廉潔白な部分だけではありません。

 旧ソ連軍は敗戦直後に旧満州に攻め込み大勢の民間日本人を暴行、何十万人もの日本人を極寒の地で強制労働に狩りだし、大勢の日本人が犠牲となりました。    中国は残虐非道な方法で罪の無い民間日本人を虐殺しています。

 米国は非戦闘員である民間人の女、子供、老人まで標的とした無差別な爆撃で日本中の都市部を焼き尽くし、 大量殺戮兵器・原爆まで投下し日本人を根絶やしにしようとしました。   しかし、日本史の歴史教科書には中国やソ連軍、米国の残虐行為について、触れるものは見当たりません。(2017.12.2)


  

偏向歴史教育の片棒を担ぐ教科書

 これから日本を背負っていく学生たちが目にする進研ゼミの参考書には、アジアにおける白人国家の利権について、「.....権益を持っていた」と記され、 日本が手に入れた利権は「.....権益を奪っていった」、と日本悪者説がいまだに堂々と記載されています。

 教科書への日本悪玉説記載のひとつの例として、「1941年4月、南進体制を強化するため、日本はソビエト連邦との間に、日ソ中立条約を結んだ......」という教科書の記述があります。   しかし、この書き方では日本側の利益のためだけに条約が締結されたように解釈されてしまいます。

 そもそも条約とは双方の利害が合致し締結されるもので、どちらか一方の利益など成り立ちません。   当時、ソ連は日本とのあいだで北樺太の日本側利権放棄の要求をしていましたが、その頃ドイツは対ソ連侵攻作戦が進行中で、 このまま日本と対立していたら日独に挟撃され国家の存亡が危うくなる恐れがあったのです。

 当時も現代もお人よしの国家など存在しません。  この条約締結の裏には、このまま日本と対立していたら日独に挟み撃ちにされてしまう。  そこでそれを避けるため利権放棄の要求を撤回し急転直下妥結した、という国家間の駆け引きが行われた歴史があるわけです。

 ここは「ソ連もまた日独に挟撃される危険を避けることが利益になった」、という歴史的事実も記述しておかないと、 お決まりの「日本だけがひたすら領土拡張に走った」という偏向歴史教育の片棒を担ぐ教科書とされてしまいます。

 この教科書の作成者は、どうしても「平和勢力のソ連」の不利益になる事実は書きたくなかったようですが、 戦後の歴史教育がこのように日本の侵略行動のみを強調する偏った思想の編者によって捻じ曲げられてきた事実は消えません。

 戦後70年以上たつ時代になっても、日本を代表する辞書の一つ「広辞苑」でさえ、日本を悪玉 に仕立て上げる内容をますます充実させている、というオソロシイ現状にあるのが実情なのです。


  

歴史を捏造する教育者の存在

 日本人でありながら「中韓に肩入れし反日思想に凝り固まった」人は、21世紀の日本にも大勢いるようです。  これが教育に係わる立場にいて影響力を持った人物だと、 「歴史の捏造」という大きな問題を作り出すケースも出てきます。

 歴史教科書において最も大切なのは当然ながら、「真実を書く」といわれます。 史料の不足などで確定できない場合は「まだ確定できない」としておき、あとで真実が判明したら直ちに訂正する、 というのが歴史記述する人間の最低限の義務といわれますが、日本人の歴史学者にはまだまだそうではない人も大勢いるようです。

 この見本となるような有名な話の一つとして、「1950年に北朝鮮が韓国に攻め込んだ朝鮮戦争」、があります。 このことは歴史的事実として認められていますが、 1968年のある日本の大学のテキストには、「韓国軍が攻撃を開始し.....」、と事実とは正反対のウソが堂々と書かれていました。   著者は日本の近現代史の権威と言われた、一橋大学教授の藤原彰、という人物です。(学校では教えてくれない日本史の授業・井沢 元彦著より)

 1970年代はこうした中国共産党が言うことを鵜呑みにする反日思想に凝り固まった知識人の存在、というのがまかり通っていた時代であり、このようなウソの記述がごく一部の大学だけではなく、 多くの大学で使われていたというのですから、実に驚くべき歴史の偏向ぶりだったわけです。

 日本の戦争責任というコトバに過剰反応して反省するのは良しとして、これからの日本を背負う若者の教育に携わる人間が、反日国家の中国共産党の言うこと全てが正しいものと信じ込み、 それが事実であろうがウソであろうがとにかく全部受け入れてしまう、いわゆる「良心のヒト」の存在というものが、一歩まちがえるとふたたび争いのタネを生み出しかねない、のです。

 当時の一流大学でこのようなウソの歴史を堂々と教えていた日本国内の風潮というものが、結果として「北朝鮮が日本人を拉致していた」という大事件でさえ、 当初は日本国内でほとんど話題にもならなかった、ということに関係していたのかもしれません。

 その当時も、日本国内には親北派の政治家や文化人が多数存在し、「北朝鮮が日本人を拉致しているなどありもしない嘘だ」、と声高に叫んでいたのです。   2002年に日朝首脳会談で北朝鮮側が正式に拉致を認めるまで.............。


大ウソの偏見歴史を教える外国人教師

原爆投下は当然」という本を出した、日本の大学で教鞭をとる歴史学者ハリー・レイというアメリカ人は、 いまだに「日本軍は南京で43万人を殺した」と日本の学生を洗脳しているそうです。   日本への憎悪を育む歴史戦がいまだに繰り広げられているのです。

 過去にも日本に悪意をもつ輩により、「捕虜を釘で壁に磔にした」、「赤ん坊を放り上げて銃剣で刺した」、「捕虜を100人以上斬り殺した」など、 戦後の検証ですべて嘘とされる悪意のあるデマ話が蒸し返され、"日本軍がいかに残虐だったか"、が世界中に喧伝されてきました。

 しかし、「捕虜を釘で壁に磔にした」などという残虐な話は、日本人に馴染みません。  1937年(昭和12年)7月29日、中国の通州(現・北京市通州区)において、 猟奇的な恐ろしい殺害方法によって大勢の民間日本人が虐殺された 「通州虐殺事件」と呼ばれる事件が起こりました。

 現在中国が日本兵は残虐非道であると非難するそれらの行為は、実際は中国人がやった行為であり、普通の日本人であればまず考えることさえ出来ない恐ろしい虐殺行為です。     自分たちであればやる行為だから、きっと日本人も同じことをするだろうと、やってもいない捏造話をデッチあげ非難しているのです。   そのようなウソがいつまでも日本の戦争責任を追及するネタにされ、そして「慰安婦問題」や「南京事件」として既成事実化していく、いう怖さがあります。

このハリーという人物は、「日本人は野蛮、冷酷、無慈悲」で「1937年には上海で非戦闘員を殺す空爆をやった」、のだから報復として原爆を落とされたのだ、 日本人は反省しろ、というトンデモ主張をしているそうですが、このような人間が堂々と日本の大学でウソ話にまみれた偏見歴史を教えているのですから、 自虐的日本人がいまだに量産され続けるのも当然かもしれません。

「1937年の上海空爆」というのは、米国が中国側に貸与したアメリカ製空軍機が、日本軍を攻撃して撃退され、逃げる途中に捨てた爆弾が原因、 であることは幾多の歴史書が明らかにしているそうで、高山正之氏によれば 上海で非戦闘員を大量に殺戮したのは、「野蛮で冷酷な宋美齢(中華民国の指導者蒋介石の妻)指揮下の支那空軍機」なのだとか。

 いまだに日本悪玉説が世界のいたるところから噴出する不幸な現状は、いったいいつまで続くのでしょうか。


「罪悪歴史観」に染まったエセ人道主義者

 戦争とは無縁で「民族犯罪告発の罪悪史観」に染まった戦後教育をうけてきた世代は、日本だけが悪かったのだとする日本断罪論をスリ刷り込まれてきました。    彼らが社会人となり発言力をもった今、太平洋戦争を論ずれば「なんでも日本が悪かったという罪悪史観」、 と必然的に「自分の国や先人の悪口」になってしまうのはトウゼンです。

 ゆがんだ歴史観教育を感ずる話として、評論家・西尾幹二氏が概略次ぎのような話をしていました。

「ある集会で、日本人とドイツ人が大戦中のナチ犯罪の話をした折、大学でドイツ語の先生をしているという日本人がまるで自らの善意を示すかのように、 『日本にも捕虜収容所があり、南京虐殺などの犯罪があった。 日本人もドイツ人と同じようなひどいことをした』、と反省の言葉を語ったそうです。

 そのとき居合わせたユダヤ人が、『アメリカにもイギリスにも日本にも収容所はあったが、一民族を根絶するために収容所を作って、 それを冷酷かつ合理的に運営した国はドイツの他には例がない』、と言ったら、その日本人は何も言い返せずシュンとなってしまったそうです。

 日教組による偏向自虐教育によって、戦後の日本人は先の戦争は全て日本が悪かったとしか教えられてきませんでした。 結果として、 この日本人のように自らの国の歴史を正しく学ばず、何ら根拠のない日本貶め話しを真に受け、ただひたすら謝罪するだけの日本人が大量に作られました。

 謝罪することで免罪意識を得、良心的に自己満足し、なにかあるとすぐ国が悪い、社会が悪い、大学が悪いと相手のせいにし、 自分を正当化するだけの『進歩的』考えのニンゲンが幅をきかす社会が形成されてしまったのです。

 誤った戦後教育によって日本は戦争を引き起こしアジア各地で横暴の限りを尽したヒドイ国だった、という捏造話を聞かされ続けたら、 「罪悪歴史観」に染まったエセ人道主義者の日本人が誕生するのも当然かもしれません。 日教組の思う壺なのです。

 しかし、当時の国際情勢などに無智で、ゆがんだ歴史観教育で洗脳され続ける教育現状をこのまま放置するわけにはいきません。   アインシュタインも感激した国である日本が、 先の戦争で果した役割は正しく評価されるべきです。

 日本人にも、「東洋のシンドラー」と呼ばれる杉原 千畝氏のような、 人道上の行為でユダヤ難民を救った人たちは大勢いたのです。


  

まかり通る歴史の偏向教育

 歴史とは過去から現在までを貫いた時間の流れであるにもかかわらず、GHQが行った、 戦前を全否定する歪(ゆが)んだ思想教育によって、戦前から戦後に続く時間の流れが分断され、 先の戦争責任は全て日本にあるといった誤った歴史観が日本人に植えつけられてきました。

 そのために、戦後80年近く経とうという現代でさえ、戦後の偏向歴史教育によって戦前から戦後に続く歴史の流れは無視され、日教組はせっせと日本の子供たちに「日本の非」を教え込み、 ひたすら戦前の日本は悪い国だったという偏向教育がまかり通ってきたのです。

 その結果生まれた反日教徒(デュープス)たちは、「日本は戦争犯罪国家」、 「日本は未来永劫謝罪国家として生きよ」と叫び、 子供たちは、「どうして日中戦争や太平洋戦争前にみんなで反戦デモをやらなかったのか」、 と戦後の平和主義・民主主義の価値観でしか歴史を捉えない社会となっている現実があります。

 歴史を学ぶ際、最も避けるべき行為は「現在の価値観でもって過去を断罪すること」と言われます。 当時の弱肉強食の世界情勢において、日本がとった行動のみ非難される謂れはありません。  過去の事例の評価は、「それがその時代の国際的・国内的条件や環境のなかにあって、どのような選択肢があり得たか、 またその選択が賢明であったかどうか」、で判断されるべきです。

 戦後の日本は、GHQによる洗脳教育によって、すべて自分達が悪かった、という歪んだ自虐歴史教育を長い間続けてきました。   戦争勃発は日本が悪かったせいだから、 アジア各国に生涯償わなければならない、という自虐歴史観が日本国内に形成されてきたのです。

 そのため、国民の税金で運営される、愛知県の美術館で開催された展示会において、 すでに捏造と判明した日本を貶めるための従軍慰安婦像が堂々と展示されたり、さらに昭和天皇の肖像を燃やす映像が、一般市民の前に流されるという、 いったいどこの反日国家の催しだ、とまともな日本国民を憤らせることが、県知事の音頭で行われる始末です。

 日本がアジア全域に戦争を挑んだかのような歴史が形作られていますが、日本が実際にアジア人相手に戦火を交えたアジアの国は、 だけです。    日本はアジア全域を植民地化していた白人国家をアジアの地から追い払うために、白人相手に戦ったのであり、 決してアジアを自国領とする意図はなかったのです。

 日本が最初にアメリカに戦争を仕掛けた、という見方も正しくありません。   アメリカは日露戦争後に排日政策を推し進め、戦争に反対する自国の世論を納得させるため、 日本に最初の一弾を撃たせた、という歴史背景があるのです。

 日本は1943年(昭和18年)11月5日、近代史上初めて有色人種のみが東京で一堂に会し、米英のアジア植民地支配からの解放を目指し、アジア地域の民族独立 を求める首脳会議を開催していたほどの国なのです。    日本は「大東亜共栄圏」構想を掲げ、 現在のEU(欧州連合)のような東アジアの共同体構築を実現しようとしていたのです。(2017.12.2)


  

戦後教育による国民の洗脳

 1945年8月15日の日本の敗戦後、占領統治のため日本に駐留した連合国軍総司令部(GHQ)は、日本人に祖国に対する誇りを失わせるため、 厳しい言論統制によりマスコミ・教育を通して、 戦前の日本の行い全てが恥べきことで、戦争は一方的に日本の責任である、として日本人に 「祖国を全否定する反日思想」を徹底的に植えつけました。   また日本が再びアメリカに逆らうことを不可能にする新憲法を作り、日本を丸腰の国にします。

 (GHQ)の日本占領政策の一環として米国により行われた、「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつける戦後教育プログラム」、 いわゆるWGIP(*1)により言論が厳しく統制された結果、 日本国内においてはたとえその歴史認識が明白なウソであっても 「これまで政府関係文書には中国や韓国への反論・反発は一切書けなかった」という社会が長く続いてきたのです。

 当時(GHQ)は新聞、ラジオなどのメディアを使い、あの戦争は日本が悪い国だったから起こった、 アジア各国に悪いことをした、という日本側の正当性を否定する思想改革を徹底的に行いました。 そのため戦後70年以上も経つというのに、 日本への憎悪を育むことを目的に作られた施設を訪れ、 中国のいうことを信じろと発言する福田氏のような元首相さえ誕生する始末です。

 日本人が二度とアメリカに刃向かうことのないよう仕組まれた WGIP(戦後教育プログラム)によって、日本人は「明治から昭和にかけて軍国主義、帝国主義、植民地主義でつき進んだ過去の日本は恥ずかしい国だった......」という 祖国への誇りを失わされる日本史観をムリヤリ教え込まれてきました。

 日本の言論文化も、(GHQ)により徹底的に洗脳された左翼世代の影響で、 いまだに、戦中の日本軍の行いを徹底的に糾弾し、 中国や韓国を利する内容を書くことがメディアの努めと信じ込む勢力が誕生しています。  戦後70年以上経つ現代においてさえ、朝日新聞などのように祖国を否定し、倒閣運動に勤(いそ)しみ、ひたすら反日・媚中韓に走る勢力が、 国内に多数生息する社会が実現してしまったわけです。

 日本悪玉説を散々日本人に刷り込んだ(GHQ)は、1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ講和条約発効によりやっと日本から撤退しました。   しかし、彼らが残した日本人から祖国に対する誇りを奪う偏向教育プログラムの精神は、 その後も日教組によって今でも脈々と受け継がれています。

 東京裁判で、 「(先の戦争は)日本の一方的侵略とはいえない側面がある......敗者を一方的に断罪したものだ......」と日本を擁護してくれたインドのパル判事が、 1952年(昭和27年)秋、再び来日しました。

 その際の講演で、「........それなのに日本人は自分たちの子弟に『日本は犯罪を犯した』、『侵略の暴挙をあえてした』とばかり教えている。  日本の青少年が ゆがめられた罪悪感を背負って卑屈退廃になるのを私は見過ごすことができない」、と日本の教育事情について深い憂慮を示してくれました。

 サヨクや反日たちがいくら否定しようが、実に世界の8割強が列強白人国家に支配された当時、アジアの地から彼らを追い出し、『白人国家に支配されていた世界中の有色民族を独立へと導いた』、 国が日本だったという歴史の事実は変えられません。   唯一日本人だけが、独立自尊の立場を貫き、 アジア・アフリカを統治し無敵で神のような存在と信じられてきた西洋人を打ち負かしたのは歴史の事実なのです。(2017.12.2)


自虐的歴史教育の成果

 もの心ついたときから教科書で日本の歴史は他国侵略の歴史だったとウソを教えられ、日教組や進歩的文化人とやらが志向した革命教育により 政府や権力に反攻するのが善とされ、社会人として最低限必要な公衆道徳や人間としての規範・倫理観を教える道徳教育さえも日教組の反対 で受けられなかった子どもが戦後大量生産されたツケが、いろいろな場面で見かけるようになってきました。

 2018年正月、お笑い芸人・村本大輔氏が「朝まで生テレビ!」で「非武装中立」を掲げ、「(沖縄県・尖閣諸島は)取られてもいい」、などという発言をしました。   さらに、出演者から「(中国が)沖縄をくださいと言ったら、あげるのか」と問われ、「もともと中国から、取ったんでしょ」、と答えたことで大炎上する事態が起こります。

 本人の発言によれば、「自分の無知を自覚したうえで出演し、あえてその立場で発言した」、としています。  さらに、「.....こんなヤバい、イタいヤツがいると言って、 学んでくれたらうれしい。 僕も学ぶ。 明日も(国際政治学者の)三浦瑠麗さんに憲法を教えてもらう」、とも発言しているそうです。

 村本氏は別な機会に、「.....こんなにも日本の領土についての意識が薄いヤツがテレビ出ていた。 だからもう1回、家で尖閣が何で日本のものなのか、なぜ沖縄ってこうなんだろうと話し合えばいい。  あそこで僕が間違えた発言をして怒られなかったら、ネットニュースにもならずに終わっていた.....」とも発言しています。  なかなかマットウな意見ではあります。

 彼は特にサヨクかぶれとか純粋な左巻き、というわけでもなさそうですが、公共メディアでの発言には自ずと中立性・見識が求められます。   後日、人気お笑い番組『笑点』においてもお笑いと政治風刺について考えさせられる興味深い出来事が起こります。

 この一連の出来事を眺めると、「日本に生まれて自虐的な歴史教育を受け、媚中韓・反日の新聞やテレビに影響される社会では、 誰もが国防や領土問題について無知で無関心な大人になる危険性があるのだろうな」、というコワサです。

 これこそが戦後にGHQが日本弱体化を目論んだ結果つくりあげられた、 自虐史観しか持てない国家のスガタなのでしょう。 サヨクたちがどうして日本のメディアに巣食っていまだに大きな顔をしていられるのか、 なぜ長年に渡りこんな時代が続いてきたのか、考えさせられる一幕ではありました。(2018.1.23)

 一芸人の彼らよりもっとたちの悪い、ホンキで責めなければならない相手がいます。    日本には、近年の世界情勢の激変には目もくれず、 他国から侵略の恐れがあろうがナントカの一つ覚えで、 ひたすら「憲法9条を守れ!」とだけ言い続け、何十年も国会議員を続けている、 ホンモノの左巻き連中がいるではありませんか。

 『自衛隊と日米同盟を廃止して「非武装中立にすべきだ」などという荒唐無稽な持論をテレビで口にしても、日本では引き続き国会議員や弁護士、キャスターなどの要職を続けられる。 こちらの方が大問題だ』、 とケント・ギルバート氏もスルドク指摘しています。

 

「坂本龍馬」より「従軍慰安婦」が大事

 「温故知新」........過去を知ることは現在を知ることにつながります。   2017年、高校と大学の教員らでつくる「高大連携歴史教育研究会」が、 高校の授業が暗記中心になっているとして教科書で扱われる約3500語を半減すべき、と提言しました。

 「歴史が暗記教科になっている」、から「暗記する固有名詞を削る」、という短絡的発想では何の解決にもなりません。   子供たちは歴史教育を通して過去の英雄たちの痛快な物語を知り、 川中島の合戦、尊皇攘夷、明治維新などで活躍した人物の姿に歴史の魅力とロマンを感じ取るわけで、教科書から歴史上の人物名を削除してしまったら、 何のドラマ性もないただの無味乾燥な暗記教科になってしまいます。

 学者のような人間を育てるのが教育ではないでしょう。  「人間に未来を生きる力を与えるのが教育である」、と歴史学者の磯田道史氏も語っています。

 年号や人物の名前を覚えることより、歴史の流れを理解するほうが大切、という理由で坂本龍馬、武田信玄、上杉謙信、吉田松陰らの名前まで削除し、 その代わりに、日本を貶めるウソで固められた「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」などの用語を採用する方向というのですから、何をか言わんや、とはこのことです。

 国民的人気の高い「坂本龍馬」が消え、創造元の朝日新聞さえ捏造と認めている「従軍慰安婦」を堂々と採用する、この構図はどうみても提案する側に思想的な偏りがある反日勢力の存在を感じます。(2017.12.2)


日本の教育を考える.......歴史教育

 日本国の自立は『独立国家として中国と対等につきあう』と宣言した聖徳太子によって完成したといえますが、 その(聖徳太子)が今では日本史教科書には「厩戸王(聖徳太子)」と記され、 いずれ(聖徳太子)は削除されると言われます。

 厩戸皇子は、720年成立の『日本書紀』の時代に既に聖人化され、751年の『懐風藻』で「聖徳太子」の尊称が見え、「日本の釈迦」と仰がれたことがわかります。     そもそも「厩戸王」の業績を認めているのに「聖徳太子はいない」という理屈は成り立ちません。

 戦前にあまりに聖徳太子を崇拝し過ぎため、戦後はその反動で聖徳太子の存在さえ架空のものと決め付けようとするのは、正史の『日本書紀』さえ捏造と否定する、ということです。    ここにも日本をどう見ているかという出版社の意向が大きく反映されているわけです。   「聖徳太子は実在しない」と言い張る反日からすれば、日本史に偉大な歴史を担った人物がいるのは許せないのでしょう。

 歴史教育の目的は歴史に興味を持たせ、歴史に学ぶ姿勢を身につけさせることのはずです。  歴史上の登場人物たちが何を考え、どのような行動をとったのか知り、 将来を考える材料を提供する、という大事な役割が歴史教育にはあるはずです。

 伏見の旅籠を愛した土佐人が如何にして大政奉還に繋がる船中八策を講じたか。  花街で都々逸を歌う長州人が、なぜ幕府軍を苦しめた近代的な兵組織を作れたのか。   多くの有能な志士に白刃を振りかざした新撰組の局長は、どのようにして三条河原で獄門にかけられるに至ったのか。(週間新潮・通巻3119号)

 歴史とはそれぞれの時代のプロセス、もしくは人物たちの所行や生き様が複雑に絡み合い、その時代に生きた人間たちの試行錯誤や時代背景、思わぬ偶然があって、 現在からみると必然と思われる結末にたどり着いたものです。

 最終的には自分の頭で歴史を評価する知識を与えるのが歴史教育であり、その重要な役割を担った重要な登場人物たちを捨て去るなど常軌を逸した暴挙であり、それでは正しい歴史観などは養えません。

 さらに疑問なのが、この提言には中学教科書では消えたそうですが、朝日新聞でさえ虚偽とした「従軍慰安婦問題」や、 「南京大虐殺」、 などの用語も含もうとしているそうで、今後しっかり監視していかないと、中国、韓国の日本タタキ反日教育のような流れが、いずれ日本の教科書にも少しずつ侵略してくるかもしれません。




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関連サイト


コトバ学(wikipedia参照)

(*1)....WGIP

War Guilt Information Program(ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム)
米国が日本占領政策の一環として行った「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」。

日本政府も、相手が中国や韓国だと、たとえその歴史認識が明白なウソであっても「これまで政府関係文書には書けなかった」(政府高官) とされる。



こんなサイトもあります

セルフビルド

・"せっけい倶楽部ソフト"で間取り検討
・網戸の張替え


電動工具あれこれ

・電動丸ノコこぼれ話し
・電動ドライバーこぼれ話し
・電気カンナの話


ホビー

YAMAHAxjr1300外観
・YAMAHA xjr1300カタログ
・アコギギターの弦交換


【 全国各地ドライブ旅行記 】


日本の救世主......三笠公園の戦艦三笠の雄姿



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旅の記録に...........ドライブレコーダー
車内で家電品............パワーインバーター
読書でリラックス.......好きな作家、読んだ本




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キャンプ用品にはイザ、というとき役立つものが数々があります。



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